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彼女は顔を上下に揺らして、ちょんちょんと私をつつくばかりで、一向に動く気配がない。
彼女の意を汲み取りたいが、なんせ飛んでいるのを見るのは初めてで、こんな暴挙に出たのも初めてだ。
「殺される!逃げろ!どこかへ行け!」
大仰な身振りで指示をしてみるが、彼女は顔を上下させるだけ。
辺りに目を向ければ、住人たちが遠巻きにヒポグリフと私を見つめており、騎士たちの灯りが迫っている。
こうなったら……。
私はさらに身を乗り出して、ヒポグリフの嘴を引っ叩いた。
「行け!逃げろ!」
騎士とは真逆を指差して、片手を振りかざすと、彼女はビクリと顔を遠ざけた。
なんと後味の悪いことか。
手も心も痛む。
「行けッ!」
語気を強め、喉を潰す勢いで叫んだ。
さすがに、私が怒っていることは伝わったらしい。
初めて見た私の怒りに気圧されたのか、彼女は首を縮こめたまま固まっていた。
だが次の瞬間には、あの獰猛な眼光が私に向けられた。
彼女たちは、言わずもがな魔物である。
その辺の家畜とは違って、人を襲い食らうような、危険な生物だ。
攻撃をしたならば、相応の報いが返される。
努めて毅然とした態度を取っていたが、彼女が動きを見せた刹那、恐怖で硬直してしまう。
ぐんと迫る嘴。
冷たい風が頬を切り、小さく開いた嘴がカチンと閉じた。
「うぉぉっ、な、なにを」
私は後ろ襟を咥えられて、窓から引きずり出された。
ぶらんと揺れる足に意識を向ければ、遠くにある地面が映り、離れた場所から響く住人たちの絶叫と怒号が、私の不安を加速させる。
「は、離してぇおおおおわぁぁっ!」
彼女に命令しようとした途端、ぐいっと襟が引き上げられて、世界が回った。
輝く月、軽くなった内臓。
ヒポグリフの背中と翼と、それから暗い地面が見えたと思えば、またぐるりと回って、絨毯のような暖かく柔らかい感触に、腹から叩きつけられた。
「ピィィィィ!」
荒波に浮かぶ小舟のような揺れようで、はたと顔を上げると、目の前には大きな翼があった。
そして、小麦色のふかふかな羽毛がくるりと振り返り、上下に顔を振っている。
「人が拐われたぞ!撃ち落とせ!」
ハッとして振り返る。
ぐんぐん高度が上がり、その正体もおぼろげになるが、どうやら騎士団が到着したらしい。
ヒュンッ――。
下から飛んでくる魔法は、尽く外れた。
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