飼育員のオッサン、魔物に拐われて画家になる

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行政長官は、困った顔で公爵を見つめる。 以前の不況から脱して、やっと巡った好景気、潤い始めた公爵領。それだというのに突然、飼育課の再開に多額の予算をつけるのは、どうしても納得がいかなかった。 再開に異論はないのだが、もう少し予算を減らして、将来に備えて積み立てるのが良いだろうと、考えていたのだ。 そんなことはお構いなしに、公爵は執事の手元ばかりに目を向けていた。 どうやら、キャンバスを固定する木枠がぐらついていたらしく、もたつく様子に少しだけため息をつく。 気持ちを落ち着けるようにグラスをあおる公爵へと、ようやくキャンバスが顔をもたげた。 「……ほお」 執事がこわごわと抱える絵を見て、公爵はグラスを置いた。 しかも、椅子から立ち上がって、食い入るように顔を近づける。 「下手だな。全体的に塗りムラがある」 そうは言いつつも、公爵の頬はゆるみっぱなしで、隅々に目を凝らしている。 その様子が珍しかったのか、行政長官は少しだけ移動して、公爵の肩越しに絵を見やる。 「……夜空、いや月夜と」 「ヒポグリフだ。月夜を駆けるヒポグリフ。こっちへ来い、ここを見てみろ」 「は、はあ」 公爵は童心に帰ったような様相で、絵についてあれやこれやと考察を始めた。 「やけに生々しいと思わんか。翼の躍動感、小麦色の羽毛、細くしなやかな毛並み。それに、脚から血を流しているだろう?なぜだと思う」 「……魔物との格闘で、負ったのでは?」 「5頭全てが、前脚だけを怪我しているのだぞ?そうだなあ、人間が意図を持って負傷させたか、はたまた……ああ、そうか」 「何か分かったのですか?」 「月夜の晩、空を駆ける生々しいヒポグリフ。作者は、間違いなくこの場面を目撃している。空想ではなく、この角度から見たのだ」 「魔法で浮かんだのでしょうか。なかなかの手練れですな」 「違う。ヒポグリフの背に乗ったのだ。この疾走感と冷たい風が証左だろう。つまり作者はヒポグリフたちを、助け出した。その際に前脚の傷は、人間につけられた、調教の痕ではないか?」 「……私にはさっぱりです」 「俺も妄想しているだけなのだ。お前も少しは考えてみろ。で、作者は誰だ」 執事は、キャンバスの裏に書かれたサインを読み上げた。 「マーク・B・フォーヴィーでございます」 二人は首をかしげた。
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