飼育員のオッサン、魔物に拐われて画家になる

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「初めて聞く名だ。外国の若手だろうな」 一人納得する公爵であったが、行政長官だけは、何かを思い出すように眉間のシワを深めた。 「なんだ」 「……どこかで聞いたことがあるのです」 「そこまで珍しい名でもなかろう」 「……そうなのですが、あ!」 「知っているのか?」 「ヒポグリフが脱走した日、一人だけ拐われた男がいたのを覚えていますか?アイツです!ヒポグリフの飼育員をしていた男、マーク・フォーヴィーです!」 「ほお」 行政長官の言葉を聞いた公爵は、どかっと椅子に座り直し、残ったワインを飲み干した。 じっくりと味わうように絵を眺め、そして頷いた。 「買おう。いくらだ」 執事はテーブルに置かれた、紙を一瞥して答える。 「1ゴールド以上の自由価格でごさいます」 「ふっ。私に価値を決めろとな。面白い」 ブツブツと言いながらも、公爵の持つペンは素早く走る。 そして一枚の細長い紙片を受け取った行政長官は、目を見開いた。 「こ、こんな大金、おやめください」 「渡りをつけろ。文通でも念話でもなんでもいいから、マーク・フォーヴィーと話がしたい」 「それだけのために、こんな大金を払うのですか?」 「そうだ。パトロンになってやろうと思う」 「パトロン……。騎士団に捜索させて、ここへ連行させたほうが早いのでは?」 「絵を見て分からんか」 「はい?」 「町を捨て、職を捨て、月夜の晩に、ヒポグリフと共に飛び立った男。意味するところは、そうだなあ。自由、いや、生き方だ」 「……はあ」 「しがらみから離れた男が、生き方を見つけたのだ。もういじめてやるな」 「……はい。それでは、接触する方法を検討してみます」 公爵はグラスを口に当て、顔をしかめた。 「足りないな」 「かしこまり――」 「ああ、お前はそこにいろ。絵をよく見たいから、別の者に持ってこさせろ」 公爵は、運ばれたワインを飲み干すまで、その絵を眺め続けた。 そして眠そうな目をこすりながら、ボソリと呟いた。 「他の絵がつまらなく思えるな」 ◇◇◇ マーク・B・フォーヴィーの絵が、バーバトン公爵に買われてから、50年経つ今、フォーヴィー氏にまつわる書籍は数多ある。 齢90歳までの彼の生涯や、彼とヒポグリフの関係についてはもちろん、彼の私生活や家族関係についても根こそぎ暴かれた。
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