飼育員のオッサン、魔物に拐われて画家になる

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「か、課長?」 振り返ってみると、私よりも若々しい課長の姿があった。 まずもって、驚いた。 私しかいないこの職場に、人がいることもそうだが、課長が入口を塞ぐように立っていることにも驚く。 8年間働いてきたが、課長がここに来たのは今日が2回目で、存在そのものが異様であった。 口を開けて固まっていると、課長は目を瞬き失笑した。 「厩舎前にいたんだが、見えなかったか」 第三庁舎の門扉を抜けて、すぐに右折すると私の職場に辿り着く。 均された道を行けば、大きな厩舎が見えてくる。 その厩舎よりも手前に小屋があるから、厩舎前に人がいれば必ず気づくはずなのに……。 「すみません」 私が頭を下げると、課長は反応に困ったようで、笑顔で取り繕った。 それから何事もなかったように切り出す。 「突然で悪いが、明日から地域振興課に転属になる。バーバトン公爵様からのお達しだ」 「……明日ですか?」 「ああ」 この課に来る前も、突然だった。 前任者が博打で借金を作り、夜逃げをしたとかで、人を探していたところ、ちょうど独身になった私が身軽に見えたらしく、この課にあてがわれた。 引き継ぎ業務は課長が行ってくれたが、課長も詳しいことは知らないという杜撰さで、何も知らない私が冬空の下放り出されたのを覚えている。 あまりにも酷いと課長に抗議をしたが、バーバトン公爵家からと言われては、追求してやるのも可哀想に思えて、かれこれ8年間、手探りの中仕事をしてきた。 そんな思いをするのは、私だけでいい。 「引き継ぎをするので、もう少し時間をもらえませんか。せめて1週間でいいですから」 すると課長は、口を曲げて難しい顔をした。 不穏な空気を感じ取った私は、提案をぞんざいに捨てられる前に言葉を繋げた。 「魔物を相手にするのですから、それぐらいはさせてください。事故防止のためにもお願いします」 急ぎ業務の引き継ぎをしなければならないのだから、本来なら私が頭を下げてもらう立場だろう。 けれど、そこを突いて揉める気はさらさらない。 後任者が安全に業務を遂行できればいいのだ。 すると課長の言葉が返ってきた。 それはあまりにも酷なもので、私は呆然としてしまった。
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