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子供が亡くなったことも、もちろん悲しいが、それ以上に母親であるヒポグリフが取り乱していたことが、未だに忘れられない。
何日も餌を食べず、やせ細っていく母ヒポグリフの姿を見るのは辛かった。
頭の良いヒポグリフたちは、仲間の心境に共鳴してしまったのか、暴れたり、餌を私に突き返したりした。
どんどん弱る母ヒポグリフと、他のヒポグリフたちの惨状に耐えきれず、意を決して檻の中に入ったあの日は、膝が震えて冷や汗が止まらなかった。
弱っていると言えど、私よりも遥かに大きく力強い魔物である。
しかも何日間も餌を食べていないのだ。
けれど私は、餌を手ずから与えることにした。
鋭いはずの目には光がなく、うなだれる彼女は私を見ようともしなかった。
好物のホーンラビットの肉を鼻に近づけても反応をみせない彼女に、私は何を思ったのか嘴に手をかけた。
彼女の態度に腹が立ったのか、反応すらしない衰えが不安だったのか、死期を垣間見て焦ったのか。今でも分からないが、彼女の口を無理矢理開けて、ホーンラビットの肉を喉に押し込んだ。
すると反射的に嘴が閉じて、私も反射的に腕を引き抜いた。そのせいで私のスーツは、肩口からすっぱりと破けてしまったし、腕の皮膚も少しだけ削り取られた。
じわりと血が滲んで、指先を伝っていくのを感じたけれど、それよりも頬を伝う涙のほうが熱かった。
彼女はホーンラビットの肉を飲み込んだのだ。
それから私の手元を睨みつけ、ゆっくりと顔を近づけてきた時は、恐れなど忘れて、心底喜んだものだ。
8年は長く、独り身だった私には、忘れがたき思い出である。
毎日顔を合わせれば、心は通ってしまうし、情だって湧いてしまう。
いずれ来たる日に備え、私は名前をつけなかったけれど、どうやら効果はなかった。
「お前たちは明日……処分される」
厩舎の真ん中で、ヒポグリフたちに宣言した。
「金がないから、飼育課の事業は一旦凍結だそうだ。再開はいつになるのか分からない」
この8年、魔物被害に対してバーバトン公爵家は、飼育課に限らず、あらゆる手を尽くしてきた。
例えば報酬制度だ。
冒険者という未開拓地調査のエキスパートは、こと魔物に対して豊富な知見と技術を有している。
そんな彼らが、魔物討伐に参加するよう呼び水として、公爵家直々に報酬制度創設を広く宣言した。
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