飼育員のオッサン、魔物に拐われて画家になる

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飼育課が長期的な魔物対策だとすれば、冒険者への報奨制度は短期的な対策だと言える。 資金豊富な公爵家だからこそ、飼育課と報酬制度を両立できていたのだが、ここにきて不況が襲う。 公爵家とて大きな流れには抗えなかったのだろう。 魔物被害への目先の対応策だけを残して、飼育課を一旦閉鎖することになった。 ヒポグリフたちがただの馬ならば、よそに売ったり、どこぞの牧場に引き取ってもらうこともできたが、魔物を引き取る奇特な者はなかなかいない。 さらに言えば、家畜化できていれば、話が変わったかもしれない。 ホーンラビット、コボルト、ゴブリンなんかは家畜化に成功しているから、このまま公爵家が引き取るとのことだ。 「きっと食われるんだろうな」 家畜化できず、私にしか懐かないコイツらは、処分される。 殺したあとは、細切れにして売り捌くのか、それとも配って回るのか、庁舎の者たちで美味しく頂くのか。 さて見当もつかない。 「何もかも、突然だな」 8年――。 長いようで短いような、途方もない時間だ。 夜中に呼び出されて、ヒポグリフがうるさいと苦情が来てるから、なんとかしろと言われた。独り身だったからだろう。 出産の日も夜中だった。 落雷に怯えたヒポグリフが、格子を蹴破り逃げ出したのも夜中で、逃げ出さないように格子を強化するまで、泊まり込みだった。 つきっきりの看病で泊まり込みもザラにあったし、珍しく大雪になった日は、寒さに震える中、雪かきをしたり、厩舎の温度を整えた。 「私は、どうしたらいいんだ……」 彼らが、明日にはいなくなるなんて、未だに現実味がない。 こうして目の前に佇む彼らが、思い出と共に消え去るなんて。 「ピィピィ」 虚空を眺めていると、とあるヒポグリフが鳴いた。 ふっくらとした顔つきのヒポグリフ。かつて子を失った彼女だ。 格子から嘴を突き出して、上下に顔を揺らしている。 「なんだい?」 格子の前に立つと、彼女の目は柔らかく私を捉えていた。 「撫でろってことかい?」 今までに見たことのない表情であった。 意図を探るように、嘴に触れて撫でてみると、彼女は目を細めて、翼を広げた。 壁に張り付く翼を震わせて、前足をひたすらに掻いて。 まるで飛び立つ前の助走でもしているようだ。 8年間働いてきたが、こんな行動を見せられたのは初めてのこと。
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