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マンションに帰り着いた時には、とうに決心がついていた。
あいつを殺して、姿をくらます。身の破滅をじっと待つつもりはない。
私は鏡を見詰めた。くっきりとした二重まぶた。素直に伸びた鼻筋。小ぶりな唇。
化粧をしていなくても、十分に見栄えがする。
「ねえ、顔は集めないの」
口に出してすぐ。
「顔」
牙の声。ひゅる。風切り音。
いつの間にか寝ていたようだ。目が覚めた瞬間から、猛烈な違和感があった。他人の靴だと知らずに足を入れた時の何倍もの違和感。
立とうとして、自分が裸だと気づいた。皮膚に服の擦れる感触がない。視線をさげた。左足が毛深い。見慣れた自分の足ではない。これは男の足だ。関節が太く、筋肉質だった。
本当に、寄せ集めの体に自分が入りこんだのだと、毛むくじゃらの左足を見て実感した。
視線を上げると、鏡の前に私が転がっている。肩から上がない。フローリングに、嘘みたいな量の血が溜まっていた。鍋いっぱいのケチャップを十回以上撒いた量だ。
近寄ろうと足を前に出してすぐ、倒れた。足の長さが違うため、バランスが取れない。這って私の残骸に近づく。首の切断面はぐちゃぐちゃで、真ん中では骨が白く光っていた。真珠みたい。頼りなく血を落とす太さ一センチほどのホースは、頸動脈だろう。手のひらで滴る血を受けると、まだ温度があった。
鏡に映った新たな私は、唇の両端から尖った歯が突き出ていた。牙だ。私は牙になったのだ。
体は不恰好だった。でも私には、バラバラの四肢を繋ぎ合わせた異形の神に思えた。
腕や腹の継ぎ目は稲妻のように折れ曲がり、赤茶色の線を描いている。線の内側から、蛆がこぼれ落ちてくる。足の付け根がとくに酷い。茶褐色の、粘りの強い液も垂れていた。甘いような、でも腐る寸前だとわかるにおい。
私の妬みと憎しみで集めた肉が、今では私の体だ。
この先どうする?
と自問してすぐ、答が立ち上がる。
あいつを殺す
鏡の中の自分にひとつ頷き、冷蔵庫を開けた。およそ三キロの肉塊を取り出す。
豚の頭だ。わざわざ通販で取り寄せた。
眼球をしゃぶりたくて、閉じた瞼に指をねじこんだ。空洞だった。
私は唇を最大限に開き、豚の鼻を口の中に押し入れる。生のまま。歯を立て、噛み切る。まるで蒟蒻だった。抵抗がない。牙の切れ味は最高だ。
頬いっぱいに肉を詰めて咀嚼する。にゅるりとした食感の皮には、脂の甘みがあった。寄せ集めの体でも、味覚が残っていることに感心した。
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