つ ぎ

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 だぶだぶの服を着た。体のアンバランスを隠すためだ。ありったけの香水を頭からかける。腐敗臭とまじり、胸が焼けそうだった。  顔を見せれば、凛也に私だとバレてしまう。また、サングラスとマスクのお世話になる。  クローゼットの奥に隠していた現金をすべて、バッグに入れた。帯封のされた万札の束が十三個。  歩いている間も、体の腐敗は進む。パンプスに蛆が潜り込む。  ぐじゅり、ぐじゅり、ぐじゅり。  蛆を素足の裏で踏み潰すうちに、凛也の店に着いた。バッグを開いて金を見せ、凛也を指名する。  札束の威力は絶大だ。  滅茶苦茶な恰好でも、きついにおいでも、凛也は笑顔で隣に座る。 「なにを飲むの」だなんて、私と初めて会った時と同じことを訊く。余計な会話なんていらない。楽しむためじゃない。懐かしむためでもない。凛也を殺すために、私はここに来たのだ。  マスクを外し、牙を剥く。凛也の首筋を噛み千切る。  首の右半分だけを残した凛也の顔は、噴き出した血で目も鼻も口もわからない有り様だ。  さっさと席を立つ。騒然となった店から出る。  軽い。体が軽い。一歩毎に倒れそうになっていたのが、今では店の中を抜ける風のようだ。  人の肉を口にしたことで、私は完全に牙と化したのかもしれない。誰も私をとめないのは、姿が見えないからなのだ。なんて自由なんでしょう。  軽い。心も軽い。凛也の気を引きたくて、ヤキモキした日々。会社の金に手を付け、人目に怯えた日々。それらが、ちっぽけに思える。  繁華街を行き来する人の中から、長い黒髪をさがし出した。捨てられた犬の目。ご飯をもらえない子どもの目。誰かに頼りたいが、頼るべき人のいない女の目。  めぐみは、ホストの餌食になる目をしている。凛也は死んだ。でも必ず、あなたは他のホストに絡め捕られる。  俗世から離れると、人の底がよく見える。  近いうちに、あなたも逃げ場所がほしくなる。私のように、解放感を得られる女を、一人でも多く作ってあげたい。今から私が、逃げ場を作ってあげる。  めぐみの耳に、そっと声を送りこんだ。 「足」
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