世界を変える本

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 その日は僕の誕生日で、彼女が僕の部屋にお祝いに来てくれた。ケーキとワインは彼女が用意してくれた。彼女が夜遅い時間にこの部屋に来るのも、この部屋で彼女とお酒を飲むのもこれが初めてだ。彼女と付き合って数ヶ月が経っていたけれど、まだ身体の関係は持っていない。今日がその初めての日になるのかもしれないと、僕は内心興奮でいっぱいだった。  お祝いの言葉を言われ、ケーキを食べながら、彼女もまたどこか落ち着かない様子だった。彼女も考えている事は僕と同じなのかもしれない。僕もまた緊張で、ついワインをがぶがぶと飲んでしまう。酔いに任せて、というつもりはないけれど、酔わずにはいられなかった。  気が付くと、部屋は暗かった。ワインを飲みすぎたせいか、少し頭が痛い。しまった、と思いながら僕は上体を起こし、彼女を探そうとする。けれど、頭痛が突然きつくなり、思わず目を強く閉じて呻き声を漏らす。しばらくそうしていると、すぐ目の前に気配を感じて、僕は少し目を開けた。うっすらと、人の足元が見える。彼女の靴下だった。何とか見上げようとするけれど、頭痛はいつしか体の痺れに変わり、首を上げられない。  「彼の仇、あなたでしょう」  そんな小さな声が聞こえた。何の事だろう。  「彼のことを逆恨みしているのはあなたしかいないから。きっとあなただと思った。そして、あなたの部屋で、この本を見つけた」   ドサ、と目の前に、何かが落ちた。あの本だった。あぁ、と思い出す。僕が最初にこの本を試した時の事を。  「こんな儀式…本当にこんなことになるのね」  その声を最後に、見えていた足元が、僕から離れていく。と、途中で止まり、引きかえしてきて、手が伸びて来た。僕を助けてくれるのだろうか、と思ったけれど、そうではなく、その手は目の前に落とされた本を掴み、そうして今度こそ彼女は僕から離れていった。  さっき彼女は、なんと言ったのだろう。この苦しさは、何なのだろう。僕は、消えるのだろうか。少しずつ、瞼が重くなっていく。ドアが閉まる音が小さく聞こえた。せっかく世界が変わったのに、と思ったけれど、思えたのはほんの一瞬だけで、僕は苦しさと気持ち悪さでいっぱいになり、何も考えられなくなった。
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