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 そんな私に、ピアノの先生は、コンクールに出るように言ってきた。 「コンクールで予選で落ちるようなら、音大は無理よ。佐川さんはセンスはいいと思うの。あなたに足りないのは努力。練習よ」 「でも、私は6時間も練習できません」 「だったら、自分のやり方でコンクールに出てみなさい」  私は渋々、毎日3時間ほど練習するようになった。それでもコンクールで弾く曲は好きになれなかったし、段々と自分の奏でる音が、曲として完成しないのにも気づいた。その結果、コンクールで予選落ちした。  自分のプライドは傷ついたし、この時点で私は音大を諦めることにした。  それでも、何を目指せばいいかはっきりわからないままに高校二年を終え、高校三年の最後の体育祭を迎えた。  一年のときに盲目的に熱狂した体育祭は、高校三年になり、体育祭役員が同級生という中、なんだか冷めた心で練習に参加していたけれど、こんなバカ騒ぎは今後できないのではないかという当日の熱気に当てられ、夢中で競技や応援をしている自分がいた。 「終わったね、体育祭」 「だね」  その日、9月とは思えないほど暑かったのに、夕暮れの空には秋の気配がしっかり感じられて、なんだか切なくなったのを覚えている。そして、この日から、三年生は完全に受験勉強にシフトさせられた。そんな中、志望校も志望学部も決まらない私は乗り遅れて、どうしていいかわからず、毎日不安なのに勉強できないという日々を送っていた。 「桃花、最近体調悪いんじゃない? 瘦せたよね」 「うん。なんか、最近胃の調子が悪くて」 「息抜きに久しぶりに本屋行く?」    受験生になってから本屋に行く頻度が減っていてそれを悲しく感じていた私に、さゆりが言った。 「いつもと違うところ行こっか?」  高校のすぐ近くの小さな本屋ではなく、帰り道を遠回りしたところにある大きな本屋で、私は運命の出会いをする。  いろんな本を見ながらぐるっと本屋を一周していると、一冊の本に目が留まった。普段読まないような分厚いハードカバーの本だった。  それまでも、本屋で本を買うときは、表紙買いが多かった私。  その本の分厚さには一瞬たじろいだ。表紙に可愛い絵もない。 「え? 桃花、それ買うん?」 「え?」  私は無意識にその本を手に取っていた。  そして、翌日は、模試だというのにその本を自室で開いた。  難しい漢字の名前の登場人物の多さに、困惑しつつも、物語の面白さにページをめくる手が止められず、「あと一章だけ」と何度も自分に言い聞かせて、結局その本を読み終えてしまった。  そして、後悔した。その本は上下巻だったのだ。それに気づかずに下巻を買っていなかった。  私は模試のことなどすっかり頭から飛んで、とにかく早く続きが読みたくて仕方がなかった。  翌日の模試の最中も、試験に集中できず、理系のさゆりを待つ間に本屋に行くことだけを考えていた。  模試が終わると同時に、私はすぐに近くの本屋に行って下巻を買うと、さゆりを待つ時間を読書に使った。 「そんなに面白かったん?」 「うん」  いつもなら、ここが面白いなどとさゆりに言うのだけれど、面白さを言い表すのに窮するほど面白いのだ。私は返事をするだけになってしまった。  私はその日も帰宅後、すぐに自室に籠った。  本の中で悩み、苦しみ、それぞれの選択をして自分の人生を全うする登場人物たちに、読み終えてからも私はしばらくぼうっとして、彼らの活躍に想いを馳せていた。  
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