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偶然は終わらない。
私はその年、故宮に行きたいという思いから、二年生でただ一人夏季短期留学をすることにした。その年、中国文学科から北京へ留学したのは、なんと私と広末先輩二人だけだったのだ。他の学科や学部からも留学する学生がいたので、二人きりではない。
それでも。
「何かあるよね、その人と」
電話越しのさゆりの言葉に、私の心臓がうるさく鳴り出す。
「な、何かって?」
「運命感じない?」
頭の中で鐘が鳴ったことを思い出し、私は困って口を閉ざす。
運命は感じる。けれど、流されていいのかな。
「ま、あれだけ楽しみにしてた中国だもん。楽しんできなよ」
「うん」
***
慣れない中国で、苦楽を共にして行く中、広末先輩と、さらに仲良くなるのに時間はかからなかった。
「広末さんと佐川さんて、おんなじ科なんですよね? 仲良いですよね〜。二人で留学とか付き合ってるんですか?」
一緒に留学した他部の男子にニヤニヤしながら聞かれて、私は慌てて首を横に振った。
「ち、違いますよ! やめてください! 広末先輩に失礼ですから!」
「なんで失礼? 別にいいよ。俺、佐川さんなら付き合っても」
広末先輩の発した言葉に、一斉に冷やかしの声が上がった。
な、なんでこんなことになってるん!?
でも、私、流されてじゃイヤだ。ちゃんとお互い好き合ってないと、付き合うなんて、ダメだと思う。
「こういうのはダメです。『佐川さんなら』とかじゃなくて、ちゃんと好きの気持ちがないと」
「俺は佐川さんいいなって思ってたけど?」
「ええ?! すみません! 考えさせてください!」
私は答えて、脱兎の如く留学生寮の自分の部屋に戻ると、鍵をかけた。心臓がバクバク言っていた。翌日が故宮の見学の日になっていたけれど、その日私は眠れなかった。
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