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「どうした? 顔色悪いけど、眠れなかったと?」
あっけらかんと話しかけてきた広末先輩に、私は心の中で、
「あなたのせいですよ」
と悪態をついた。
「いよいよ故宮見学だな!」
広末先輩の言葉に、私も真顔で頷く。
『蒼穹の昴』を読んでからずっと行きたかったところだ。
さて、故宮の私の第一印象はというと。
「広いな」
隣で広末先輩が呟いた。まさに、私が思ったことだった。
テレビで見たことはあった。けれど、こんなに広くて大きいとは思わなかった。規模が違いすぎる。
朱色と黄色、茶色の混ざったような色の屋根で建物は統一されていて、敷地内の石畳や階段、手すりは白く、その対比が美しかった。
見て回るもの全てに圧倒されるばかりで、言葉にならない。
観光客が多いのに、建物内以外ではまだまだ広々として、人が小さく見える。敷地内は遮るものがないので、太陽の光が痛かった。
ここで歴代の皇帝たちが政治をしたんだ。
あの西太后も。
仕える多くの宦官たちまで見えてくるようだ。
あまりも広すぎて、全てを回るのは無理だとさすがの私にも分かった。
そこで私は、どうしても見てみたかった珍妃の井戸を探した。なぜか広末先輩も着いてきた。
珍妃の井戸は、故宮敷地内では寂しい所にあった。そのあまりにも小さい井戸に、
「本当に、珍妃はここに落ちたんか?」
と、またしても私の心の声を広末先輩が言葉にした。
帰りのバスで、私はいつの間にか寝てしまっていた。歩き回った足がだるく、寝不足も追い討ちをかけた。私は夢の中でも広い故宮の中を彷徨っていた。
「着いたぞ」
広末先輩に起こされて、私は目をこする。
いつもと変わらぬ、飄々とした広末先輩。
この人は本当に私のことを好きなんかいな?
「どした?」
「いえ。先輩、私と付き合いたいんですか?」
「昨日そう言ったやん」
「まずはお試しで、ならいいですよ」
私の口はそう言っていた。
「お試し? 大丈夫。佐川さんと俺は相性いいと思うけん。お試しだけじゃ終わらんよ」
自信満々に言った広末先輩の鼻をへし折ってやろうかと思う一方で、なんだかその言葉は本当になりそうな気もした。
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