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bind
今日も佐竹は疲れている。決して要領が良いと言えない彼は、いつも上司や同僚、はては部下にまで良いように仕事を振られ、月曜日から毎晩遅くまで残業する羽目になっている。
独身の彼は土日で寝溜めをしているのだが、悪循環であることが本人には分かっていない。
平日と同じ時間に起き、軽く運動をした方が疲れは取れやすいと言ってやりたいが、そんなことを言えばどうして知っているのかと聞き返されるかもしれないから言わない。尤も、向かいのマンションから双眼鏡で見られていることなど佐竹は知る由もないだろうが。
ああ、最愛の佐竹。その肉体を縛り上げて、苦痛に歪む表情を見てみたいと言ったらあなたはどう思うだろうか。
どうやって縛ろう。菱縄縛り、それとも亀甲縛りが似合うだろうか。乱れた独身生活の中でたるみ出したその胸や腹に、赤い縄をくれてやりたい。
双眼鏡のあちら側にいるバスタオル一枚の佐竹。妄想を実行する日は近い。
「佐竹先輩、もしお時間空いてたらどうですか今夜一杯」
疲れがピークに達した金曜日、同じチームの部下、兼近の方から飲みに誘われた。
出世レースからは完全に外れた俺を先輩と慕ってくれる兼近は、会社の中で唯一心を許せる貴重な存在で、振られた仕事を手伝ってくれたり、俺の愚痴に付き合ってくれたりする。
「うーん、せっかくだから行きたいんだが、仕事が溜まっててな」
「手伝いますよ。八木部長のやつでしょう、あれどうして佐竹先輩が一人でやってるんですか」
「まぁ仕方ないよ。他の奴らは忙しいし」
「そんなこと言って。先輩優しすぎますよ」
「ありがとうな」
兼近が手伝ってくれたおかげで、金曜日にしては早く上がることが出来た。今日は良い日だ。兼近が見繕ってくれた居酒屋で、俺は気分良く杯を空けた。
「今日の酒は美味いなぁ、どんどん進むよ」
「どんどんいっちゃって下さい。はしごしましょうよ」
「はしごかぁ。今日は早く上がれたし、良いかもな」
「ですよ。ほら、あそこのバーなんか良いんじゃないですか?」
「うん? バー? どこだ?」
「そこですよ、行きましょう行きましょう」
「おう」
兼近に連れて行かれたのは、薄暗いビルとビルの谷間の螺旋階段を上った先、小さくBarとだけ書かれたプレートがドアに貼ってある店だ。俺はもうだいぶ酔っ払っていて、気持ち良く飲めるのならまぁどこでも良いと軽い気持ちで兼近について行く。
兼近に続いて俺がドアをくぐればバタンとまるで自動的にそれは閉まり、一瞬ぎょっとしたが、兼近が通路の奥へ迷わず進んで行くので、導かれるまま後を追った。
数名の先客がいるソファールームへ通される。ハイボールを頼んで、兼近と乾杯をした。
「先輩、いつも見ていて凄いなと思ってるんですよ。仕事はちゃんとしてるし断らないし。だけど、先輩が無理してるんじゃないかと思って気になってます」
「お前は優しいな、兼近」
「今日はどんどん吐き出しちゃって下さいよ、俺で良かったら話聞きますから」
兼近の言葉に甘えて、酒が進むにつれ俺は饒舌になっていく。
「らからなぁ、俺のせいじゃないっつーのに、どいつもこいつも俺をバカにするんら」
「先輩のせいじゃないですよ! 俺は知ってます。先輩は頑張ってます」
「そうらろ? 俺はがんばってるんら」
「そうですそうです。さ、もっと飲んで下さい」
それから先の記憶がない。気づけば俺は、全裸に剥かれて赤い縄で縛られていた。
「か、兼近。これはなんら……」
「先輩、凄くお似合いです。ほら、周りの人たちも大喜びですよ。写真撮ってもいいかって。いいですよね?」
「え? え?」
「先輩、縄のせいでいろいろ窮屈そうですね。みんなに見られて興奮してるんですか。そういうところ、俺大好きです。ああ、愛しの先輩をみんなに自慢出来た」
「兼近」
「知ってます。先輩が土曜日の深夜にAVを見ながらオナニーをしているところも、丸めたティッシュを投げたらいつもゴミ箱に入らなくて、いちいち入れに行くところも、全部見てます」
「兼近」
「いつも思っていたんです。先輩を縄で縛ったらきっとよく似合うんじゃないかって。思った通りでした」
「ほ、ほろいてくれ」
「駄目ですよ。今日はbindng partyなんですから」
俺の視線は、ゆっくりとハイボールの置かれたコースターの文字を読んだ。「緊縛ハプニングバー」。
俺は一気に酔いが覚めた。縦横に走る縄目、そう簡単にはほどけなさそうな後ろ手、恥ずかしいことに下腹部は、股下へ通された縄に反応している。そうか、兼近ははじめからこれを俺に施そうとしていたのか。そのつもりで狙っていたのか。
ぺろりと舌なめずりをする兼近に、俺はこの縄からきっと逃れられないことを悟った。
Fin.
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