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幽霊という存在を信じているかと言われたらNOだ。非科学的で不明確なものを受け入れる大きな器は持ち合わせていない。
ただ、信じないと恐怖は別物だ。
私は紛い物だらけのお化け屋敷でも頑なに嫌がるし、夏の心霊映像特番のために流される予告のCMにも「夜中にこんなもん流すんじゃねー! トイレ行けねーじゃねえか!」とブチギレる人間なのである。とどのつまり、幽霊は些か苦手。いたとて、お近づきにもお知り合いにもなりなくないのだ。
「嘘だね?」
青年のユーモアを期待して、引き攣る表情を向ける。
しかし、青年は柔和な顔つきで「触ってみたら?」と挑発まがいのセリフを吐くので、私は訝しながらも自分よりしっかりとした手を自身のささくれのない指先で突いてみた。
「……、」
「ほらね?触ふれられないでしょ?」
青年の意味ありげな声は、私の鼓膜に到達する前に止まる。
触ろうにも抓ろうにも、肌の感触や肉感を感じられることはできなかった。自分を透明人間だと思い込みたくなるほどの事実と現実。
「あはは、寒いねー」
「……幽霊も、寒さなんて感じるんだな」
「おねーさんは寒くないの?」
そう訊かれ、いつも寒がりなのに今日は気温がよくわからないとカーディガンの裾を伸ばしながら不思議に思う。
幽霊でも皮膚の温度センサーは機能しているというしょうもない知識が増えてしまったせいか、全ての感覚が正常に働かず、バグを起こしていた。今の私は相当戸惑っている。
「私の中の幽霊は白い服を着た髪の長い女のイメージだったから、陽気で人懐っこいのもいることに驚きすぎて寒さも感じられません」
「幽霊のイメージ、テンプレすぎない? 俺は小さい頃から、モデル級の美形幽霊もムキムキマッチョ幽霊も、普通にそこら辺を闊歩してると思ってたよ」
「とんでもない幼少期だな」
「えへへ、ありがと」
褒めてませんけども。
私の幽霊に対するテンプレを破壊した青年は、星の瞬く夜空を見上げ、薄い唇を開いた。忽ち、息に含まれる水蒸気がエアロゾルにぶつかり、周りの空気に冷やされて水滴となり、白い息として宵闇に溶けていく。
また、新たに、幽霊に対しての不思議発見をしてしまった。ミステリーハンターに転職しようかな。
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