よるのおはなし

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 夜空はキラキラと光っていて綺麗だ。けど、実際は星のほとんどが恒星という太陽の仲間で、星の中心で水素などのガスが核融合反応という現象を起こして燃えているだけなのを知ってる。大人なので。  青年は瞳の中に煌めきを反射させ、美しさを纏った双眸で天を見上げながら「あ、俺の一番好きな星だ」と言葉を零した。私もつられて、星と対峙する。いつだって、それは綺麗だ。  澄んだ横顔に、訊く。 「なんの星が好きなの?」 「いろんな理由があるけど、北斗七星かな」 「有名どころじゃん」 「おねーさんは?」 「君と同じメジャーな星が好きだよ」  笑って返せば、青年は星空から視線を逸らして星の煌めきの欠片もない私を視界に収めた。  だからと言ってはなんだが、私は星空から一瞬も視線を逸らすことはしなかった。奇妙なすれ違いをお月様が見守っている。お月様の中の兎もほくそ笑んでる気がした。   「おねーさんは、なんで北斗七星好きなの?」  素直な問いかけに、私は記憶の蓋を開ける。  家出中の大人と未成年の幽霊が、ヘンテコな出会いをして天体観測してるんだ。思い出語りをしても宇宙の塵たちが許してくれるだろう。  ひらひらと鮮やかな蝶がやってきて指に止まる。それを合図に、私は蝶々と青年を連れて、過去の旅へと歩き出した。 「私ね、高校を卒業してすぐに就職したの。進学じゃなくて就職を選んだ理由は特になくて、強いて挙げるなら勉強は好きじゃなかった。その程度の理由。今思えば、あまりにも短絡的な決め方で愚者の極みだと思う。選んだ会社も良くなかった」  セクハラ、パワハラの連続。些細なミスにも「これだから高卒は」という余計な一文を己の欲求不満のためにぶつけてくる。くそったれすぎて、何度も頭の中ではひしゃげた顔面にしてやった。 「やめなかったの?」 「もちろん辞めてやろうと思ってたよ。退職願の書き方も調べて準備してた」 「それで?」 「簡単に言えば、辞める前に他人の大きなミスを押し付けられて、全責任を負う形で辞めさせられた、かな」 「は? なにそれ、最悪」  青年の声に怒気の感情が乗る。  他人の理不尽に怒ってくれる優しい幽霊に、怒りも悔しさもどこかに落としてなくしてしまった私は力なく微笑んだ。
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