恋の人

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 手洗いうがいを済ませたあたしは、しおたれる柳の背中に、一瞬だけ抱きついた。  で、そのまま、逃走を図るも── 「いやまって、なに今のハグ逃げ」  反射神経の良い柳に腕を掴まえられ、引っ張られて腕の中に閉じ込められる。  逃げられない状況だ。釈明するしかないらしい。 「……後ろ姿が、可愛いなって」 「逃げたのは何で」 「……彼女っぽくて、恥ずかしいから?」 「ぽい? 牡丹、彼女でしょ」 「そうだけど……」 「正真正銘、恋人同士なんだけど」  柳の仰る通りだけど、圧が強すぎる。  冷蔵庫も開けっ放しだけど、逃げようとするあたしを捕まえておくために閉められない。暖房のついてる部屋に、冷気が混ざった。 「拗ねた顔しないでよ」 「牡丹は、もっと恋人の自覚して」 「してるってば」  セフレだった期間が長いから、恋人モードに切り替えるのが難しい。  そもそも、なんで柳はナチュラルに恋人モードに切り替えられるわけ? 照れはないの? 「…………柳、元カノにもそんな感じだった?」  不服そうな顔の柳に問えば、更に不貞腐れた柳が口をむっと曲げた。 「元カノいないけど」 「……は?」  そんなまさか。  元カノがいない? つまり、誰とも付き合ったことがない……? 「──牡丹が、最初で最後の恋人」  真面目な顔をしてる柳の言葉に、あたしは瞠目してひっくり返りそうになった。
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