GLUTTONY / curiosity

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「フレッド。それであなた、お仕事はなにを?」 「ユージーンと同じで証券マンさ、表向きはね」 「……あら」  ティーカップの中の琥珀色が揺れる。ウィスキーを口に含みながらフレデリックにそう質問をしたローズはふふ、っと小さく笑う。  スピークイージーは法を掻い潜る酒場だ。そこに集まる人間が清廉潔白であるとはローズも思っていない。実際、この店に出入りしている人間は悪名高い者が多く、その筆頭としてスピークイージーを取り締まるアル・カポネがいる。スカーフェイスの異名を持つカポネがこの店に姿を現していたのもローズは知っていた。カポネは現在、2件の殺人事件に関与し起訴されている。そんな中でも派手に出歩く姿が素敵だ、と黄色い悲鳴をあげる女性も少なくなかった。  ローズはフレデリックに近寄り、耳元で囁く。 「どんな嗜みで?」 「……1919年の八百長を覚えているかい?」 「まさかブラックソックス事件…?」  フレデリックはローズのその悲鳴じみた言葉に柔和な笑みを浮かべた。不敵にティーカップに口を付けるフレデリック。  ローズは自信に満ち溢れた男を一瞥し、退屈しなさそうだ、と内心で考える。悪い男はセクシーだ。悪女ほどでもないが、ローズだとてモテる女。付き合う男はそれなりに自らと同等でないと話にならない。  ブラックソックス事件とは、1919年のワールドシリーズで優勢を予想されていたシカゴ・ホワイトソックスがシンシナティ・レッズに敗退した八百長事件だ。ホワイトソックスの主力8名の選手が賄賂を受け取り、わざと試合に負けたとされている。 「マフィアの男は嫌いかな?」 「……そうねぇ、どうかしら」  ローズは蠱惑的に首を捻りながらフレデリックの肩に身を寄せる。そして撫で付けられた黒色の髪の毛の近くに存在する無骨な耳に唇を這わせた。フレデリックの鼓膜に言葉を挿入する。 「悪い大人の男性は好きよ、とっても」  香り高いいい香りと女が作り出す放埒な雰囲気に当てられたフレデリックは生唾を、ごくり、飲み込んだ。  ひな鳥が羽を羽ばたかせて飛び立つ訓練をしている様子に似ていると未成熟な若い女性を表す、フラッパーというスラング。その名を持つ女性は第一次世界大戦、以前の女性とは全く異なり、性に活発である。ローズも例に漏れず、ちゃめっ気たっぷりにフレデリックを誘惑する。  フレデリックは第一次世界大戦を経験していた。だが、戦争の悲惨さを語る者は周りにおらず、ヴァイオレットの隣にいるジーンもそのひとりであった。フレデリックも敢えて語ることはない。なぜなら野暮であるからだ。今を愉しむことに必要ない物は排除する。その行為は戦時下の虚しさからの脱却であった。戦時下にいた男性も女性も今は快楽に飢え、そしてそれを巧みに享受している。 「……車を見せてくださる?」  ローズはそう蠱惑的にフレデリックを見つめた。フレデリックはごきゅり、喉を鳴らしながら唾を嚥下する。
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