GLUTTONY / curiosity

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* 「……は、あァ …ん、!」  女の艶やかな嬌声が闇夜に転がる。車の後部座席に寝転ぶ男性。それに跨がり、腰を緩やかに揺らす女はマルセルウェーブのプラチナブロンドの髪の毛を持っていた。涙で濡れた睫毛を瞼に乗せ、紅潮した頬に汗を流している。  ローズは絶頂に身体をぴくん、ぴくん、跳ねさせ、フレデリックの逞しい胸板に這わせてた手、その先を彩る爪を立てる。弛緩している身体が支えられなくなり、ローズはフレデリックの胸に倒れ込んだ。ローズ同様、荒い息をしたフレデリックがローズの体を受け止める。倒れ込んだローズの汗ばんだ髪の毛を緩慢に撫でた。  フレデリックはローズを腕に絡ませながら、慣れた手付きで自らのモノからコンドームを外した。中にはたっぷりと白濁した液が溜まっており、今頃、精子がビチビチと動き回っていることだろう。種付けに使用されない可哀想な精子はコンドームの中で死んでいく。  戦時下、娼婦との行為のため、男性に配布されたコンドームがそのまま今の時代を彩り、普及した。フラッパーは性に活発であり、コンドームを自ら所持している女も少なくない。無責任に遊ぶ、そんな軽さもフラッパーの持ち味であり、ローズも同様だ。食事やデートをすっ飛ばし、交際を考える前に身体を繋げる。ただ性行為がしたい、そんな不埒で軽薄な女たちがフラッパーなのだ。 「……ローズ、気持ちよかったかい?」 「えぇ、勿論。すごくよかったわ」  ココから貰ったパフュームの香りが無くなり、精液の香りを携えたローズ。中途半端に脱いだドレスの袖口と裾を直す女。  車──リンカーン・Lシリーズ──の後部座席で欠伸をしながら、男の体にしなだれ掛かるローズは行為が終わったその瞬間から退屈を感じていた。性行為が退屈だったわけではない、寧ろフレデリックは上手い方であった。年齢の割にセックスを経験しているローズの歴代の男の中でも3本の指には入る。間違いなく行為中は悦に入っていたローズ。だが、それは時間と共に消え去ることを知っていたのだ。フラッパーにとってセックスはスポーツであり、試合終了したら次の試合に臨みたくなる、そういうものであった。  言葉を発しなくなったローズに少しの不安を感じたフレデリックはリンカーン・Lシリーズの開閉式の屋根を開けた。ローズの頭上には満点の星空が現れた。 「あなたの方が綺麗だが、ね」 「……あら、お上手」  ローズはフレデリックの胸板に顎を乗せながら、男を見つめる。恋人になる気はないが、恋人らしいことをするのが好きだった。  去年の1920年に発行されたF・スコット・フィッツジェラルドの『楽園のこちら側』は的確にローズたちフラッパーを描き出していた。作中にはこんな言葉がある。──私、人をドキドキさせながら生きるタイプなんだけど、自分自身がドキドキすることは殆どないの。 「本当のことさ」  心底、退屈であった。褒められ慣れているローズにとって、心躍るものではないのだ。
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