GLUTTONY / curiosity

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 ローズの冷めた表情は夜空を眺めて変わるものではなかった。映画でも観ようか、そうローズは考える。たしか、チャールズ・チャップリンが監督、主演した映画『キッド』がまだ上映中だと脳裏に過ぎる。今年の冬に公開され、大ヒットを記録したそれにあまり興味があるわけではないローズだが、この倦怠感よりはマシであろう、と考える。  ローズはチャップリンよりバスター・キートンが好みであった。背格好、外見は元より作風がキートンの方が好ましかったのだ。チャールズ・チャップリンは貧困などを取り入れた悲劇的なドタバタコメディがスタイルであるが、キートンの作品はコメディに更にロマンスが追加されている。スラップスティック・コメディを主軸に置くふたりであるが、スタイルは違いをみせていた。   「……寒くなってきたわ」  ローズは小さな言葉を吐いてフレデリックの体を抱き締める。  映画を観ようか、そう思った矢先、ローズは去年の秋に亡くなった女優に想いを馳せてしまった。  彼女の名をオリーヴ・トーマス。クララ・ボウ、ルイーズ・ブルックス、ジョーン・クロフォードと並ぶフラッパーを体現する女優として人気を博した女性だ。1920年の秋、25歳という若さでフランス、パリのホテルで死体になって発見された。警察の捜査の結果、塩化第二水銀を誤って飲んだ不慮の事故と断定されたが、自殺説や旦那であるジャック・ピックフォードに殺された説などが報道され、スキャンダルとなった。塩化第二水銀を飲む前にコカイン、アルコールを摂取していたことが面白おかしく報道され、彼女がジャンキーであったことが周知の事実となる。  自らも持て囃され、スキャンダルの渦中となることの多いローズ。また仕事柄、著名人と関わることが多く、そんな自らと存在が近い女性が亡くなったことはローズに深い傷を負わせた。年齢も近いことがなおのことローズを混乱させる。  この透き通る夜空にトーマスがいるのだろうか、とローズは感傷に浸った。  誰かを愛し、誰かに愛されても孤独は埋まらない。ローズはそこを理解していた。この気持ちを理解しているのはローズだけではない。今を生きるすべての人間が感じるところであった。これを失われた時代(ロストジェネレーション)というのだろう。この時代に生きる彼ら彼女らはイノセンスで軽薄であるが、それは表面に見える部分だけである。戦争の爪痕は確実に存在していた。 「室内に入りましょうか」 「もう少しあなたといたい」  フレデリックはローズの髪の毛を撫ぜながら、本心を紡ぐ。ローズは首肯しなかった。それがフラッパーという者だ。 「ならどこかに連れ出して?」 「わかった。とっておきの場所がある」  フレデリックははだけた胸板を露出させたまま、後部座席から起き上がる。白色のシャツにはローズの赤いリップがべったりと付着していた。フレデリックはローズに自らが着ていたジャケットを纏わせ、運転席に移動する。 「とっておき?」 「世界が一変するような場所さ」   
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