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ローズは『ニューヨーク・ダダ』を化粧道具が散乱する鏡台に置いて、デイジーの黒髪を触る。
ローズの言葉通り、デイジーは少々不器用なところがあった。前方にくるり、跳ね上げるはずの髪の毛はヘアアイロンからもたらされた熱を持っただけで、クセは殆ど付いていなかった。
不貞腐れたようにデイジーはヴァイオレットが楽しんでいたチョコレートを奪い、口に含む。チョコレートが奪われたことなど取るに足らなヴァイオレットは拗ねているデイジーを一瞥した。デイジーはよくローズとヴァイオレットから物を盗む。まるで三女のような存在であった。
「フィッツジェラルドが言っていたわ。“この世界では女の子は美しくてちょっとバカが一番いい”って」
「……デイジー、不器用とバカは違うわ。それにそれは彼じゃなくて、彼の妻、ゼルダが言っていたのよ」
「あら? たしかゼルダ、今年子供産むはずよね? もう生まれている?」
ローズとデイジーがF・スコット・フィッツジェラルドの話をしていれば、ヴァイオレットがオニキスがあしらわれた細長いイヤリングを耳朶に挟みながら会話に入ってくる。
コスチュームジュエリーも流行りだが、定規で真っ直ぐに線を引いたような幾何学模様が特徴であるアール・デコ調のイヤリングを身に付けられることは踊り子として成功していることと同義だった。
時代の流行はショートヘアやボブヘアなどの短髪であり、ニューヨークは頸を出した女性で溢れていた。それに合わせるようにイヤリングのサイズも大きな物になっている。
「たしか女の子だったはずよ。まだ生まれていないはず……10月が予定日って言ってた気がするわ」
「あのふたりの子だから美人なのは確定ね。……そして後はバカに育てるだけ」
ローズはラジオから流れてきた情報をヴァイオレットに伝える。それを聞いたヴァイオレットがくすり、笑いながら言葉を落とした。するとおバカな踊り子3人が顔を見合わせ、大声をあげ笑い出す。楽屋は一気に華やいだ。
ラジオ放送局KDKAが昨年の11月、ピッツバーグでラジオ放送を開始した。世界初の試みである。新しい物好きのこの店の主はすぐさまラジオを購入。KDKA、第一回のラジオ放送は11月2日の大統領選挙、開票結果であり、ウォレン・ハーディングの当選を知らせるものだった。
はじめはお堅い経済状況などを知らせていたラジオだったが、そのうちに著名人のゴシップや音楽などを流し始める。スクラッピー・ランバートの高音の歌声やデューク・エリントンが弾くピアノの音。また大女優グロリア・スワンソンが夫で実業家のソンボーンと不仲だとか、幅広く軽快にラジオは流れていた。
ローズはデイジーの頭を撫で、ヘアアイロンを手に持つ。華麗な手付きでアイロンをデイジーの髪の毛に当て、カールを作っていく。
「あなた、パーマをかけたら?」
「イヤよ! いくらオシャレになりたくても、ネッスルウェーブを被るなんてお断り!」
三女らしく気紛れなデイジー。ヘアアイロンが下手ならパーマをかければいいと提案されたが即却下する。ローズは溜め息を吐きながらもデイジーの髪の毛を整えていく。デイジーはローズの手により美しく仕上がった自らの髪の毛を鏡で見て満面の笑みを浮かべる。
「ありがと! ローズ」
「どういたしまして」
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