GLUTTONY / curiosity

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 デイジーはにこり、美しい笑みをローズに向ける。華やかなその笑みはデイジーという名に相応しく無垢で純真、初々しい。だが、男性たちを傾倒させられるだけの色気も兼ね備えているのだからこの潜りの酒場に来店する人間たちは恐れていた。ひとたび、この女性3人に笑みを向けられれば、男たちの体は途端に弛緩してしまう。  デイジーはローズの手によって美しくカールした自らの黒髪にヘッドピースを飾り付ける。黒色のフェザーが大胆に天を向き、アール・デコ調に並べられたストーンで形成されているそのヘッドピース。今晩の衣装に合わせたそれを一番支度が遅いデイジーが一番はじめに被る。  ローズ、ヴァイオレット、デイジーはいまだ踊り子としての衣装は身に付けておらず、軽くなめらかなサテンの下着を身に付けただけの格好をしている。  戦争が終わりを告げてからファッションは様変わりした。ローズたちはヴィクトリア朝様式のドレスを着る母を見て育ってきた。淡い色合いに丈が長いドレスを着用し、襟を詰め、長い胴部のラインを保つための硬い鉄の骨組みをドレスの下に着込んでいた母たち。細いウエストを手に入れることに重きを置いたためコルセットが重要視されていた。だが、ローズと同年代の子たちは体の締め付けをやめようとコルセットを捨て去った。コルセットを過去の物にした女の子たちをフラッパーと呼び、彼女たちはバストやウエストを強調しないゆったりとした直線的なシルエットを好んだ。それは去年も今年も流行となった。流行はフラッパーたちが作り、そして経済を回している。  knock knock  楽屋の扉を誰かが叩く音が軽快に聞こえてきた。3人は扉の方を一瞥し、そこにこのスピークイージーの家主、トムが立っていることに気付く。恰幅の良い四十路の男性、トムは傍に小包を抱えている。 「ローズ、また愛しの恋人からプレゼントだ」 「どこからかしら?」 「パリ」 「……ココだわ!」  貢がれ慣れているローズ。そのため最初は興味無さげに鏡を覗いていたが、パリからの荷物だと知らされると椅子を蹴って飛び跳ねる。トムから小包をひったくり、破顔させながら包装を解く。  中から出てきたのは小瓶だ。小さくてほっそりした小瓶には『CHANEL(シャネル) N°5』とラベルが貼られていた。どうやらそれはパフュームのようで、ローズはきゅぽん、と音を立てて蓋を開ける。そして軽やかにそのパフュームを宙に吹き掛けた。その下をデイジーがすかさず潜る。 「なに? この香り……、色々混じってる……。バラ、…ジャスミン、イランイラン、ベルガモット……ネロリの香りまでする」  ヴァイオレットもはじめて嗅ぐ芳しい香りに思わず瞠目してしまう。
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