GLUTTONY / curiosity

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*  マリオン・ハリスが歌う『セントルイス・ブルース』の音が止む。トランペットが静寂を連れてくると、ハリスがステージを降りた。間髪入れずマイクを持った司会者の男が高らかに叫ぶ。 《“ブルースの女王”マリオン・ハリスでした! ありがとう! ハリス! さぁ! 紳士淑女の皆様! 今宵もこの姉妹をご覧に入れましょう! ローズ、ヴァイオレット、デイジーからなるブルーム姉妹!! 拍手でお迎え下さい!》  潜り酒場に拍手が湧き起こり、ステージにスポットライトが浮遊した。ステージの下座からヴァイオレットを先頭に女性3人が顔を出す。膝上のフリンジドレスを揺らしながら、スイングジャズに合わせ、ダンスを踊る。チャールストンと呼ばれるダンスを披露しはじめたブルーム姉妹。膝と膝を合わせながら足を交互に跳ね上げる動きが特徴的なチャールストンを、2年前から続くヒット曲、『ダーダネラ』の軽快な音に合わせ3人は踊る。『ダーダネラ』を弾くのは飛ぶ鳥を落とす勢いのポール・ホワイトマン率いるバンドメンバーだ。  ローズ、ヴァイオレット、デイジーが所属するこのスピークイージーの店は〈The 4 fl oz(オンス)〉と名乗っていた。禁酒法(ボルステッド法)を逃れるため、ティーカップで酒を提供しているところから由来している。〈The 4 fl oz〉は客から様々な名前で呼ばれていた。それはボルステッド法を掻い潜る為に必要なものであり、この店を守ろうとする客の親切心であった。  ボルステッド法を掻い潜るため、〈The 4 fl oz〉は酒の管理を徹底している。酒が並ぶ棚に仕掛けを施し、突然の取り締まりが入ったとしてもレバーを引けば棚が傾き、すぐさま酒を隠すことができる。また、回転ドアがそこかしこにあり、地下へ続いている。そこから客を逃がすことができたりとその徹底っぷりは多岐に渡る。 「今宵もローズは美しい」 「……君はローズが好きなのか、私はヴァイオレットが好みだね」  ティーカップに入ったウィスキーを飲みながら、ローズたちを眺める紳士たち。スーツをしっかりと着用し優男を演じているが、その瞳は虎視眈々と獲物を狙うハイエナのような物だった。ローズたちの惜しげもなく露出された太腿や二の腕をしっかりとその瞳に焼き付ける。 「ローズはたしか恋人がいるはずだ」 「おや。それは残念だな……」 「……残念と言いながら、君の表情は残念に見えないんだがね。君はさすがギャンブラーだ」  三十路の男性ふたりが(したた)かに女性を吟味する。ギャンブラーと呼ばれた男性は煙草をシガレットケースから取り出し、口の端に咥える。その姿は雄々しく宗教画のように美しかった。
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