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prolog
初音灯は、驚いていた。
木の陰にあるベンチで涼んでいたら、突然見知らぬ男の人に告白されたからだ。キャンパス内なので、目撃者も多数いる。ひそひそ声が飛び交った。
「……君、誰だっけ?」
「あ、言い忘れてたごめんね。俺は乙藤紫苑。法学部の2年生だよ」
「ふうん。私の噂知ってて告白してきたの?」
「もちろん。承知の上で君に告白したよ」
「変な人だね」
温厚な口調で、ルックスも王子さまのように端整な男の姿を、灯は怪訝に観察する。
率直な感想を述べるなら、とにかく〝変〟だ。
ほんとうに自分の噂を知っているのか不思議に思った灯は、試すような口振りで告げる。
「君と付き合っても、浮気するよ。──いいの?」
くるん、と上向きの睫毛の隙間から宝石にも劣らない美しいサファイアのような色の瞳が覗いた。
その瞳に映された端麗な男は、柔らかい笑みを浮かべて肯首する。
「いいよ」
「……」
「初音灯さん、俺と付き合ってくれる?」
改めて告白の言葉を口にした乙藤紫苑に、灯は一度瞬きをして、手を伸ばした。
「いいよ、紫苑くん。今日からよろしく」
新緑の匂いがする皐月、手のひらが触れ合う。
こうして、初音灯と乙藤紫苑は奇妙な形で交際を始めたのだった。
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