step.06

10/19
前へ
/99ページ
次へ
 土下座するから、夢であってほしい。  灯は一縷の望みをかけて、「はじめまして」と頭をさげてみたのだが、佇んでいる怜悧な印象の男は、怪訝そうに首を傾げて口を開いた。 「────灯」  他人の空似であれ。  その願いは届かなかったらしい。 「蘇芳(すおう)、さん」 「久しぶりだな」 「はい、久しぶりですね」 「元気だったか」 「見てのとおりです」  淡々と話す癖は、以前と変わってないようだ。  精悍な顔立ちの蘇芳は、腕組みをして灯に視線をむけている。冷たくみえる双眸は、些か圧が強い。  約1年ぶりの蘇芳は、突っ立ってるだけでも理知的で色男だ、と灯は心中で感服した。  ま、今はそれどころではない。 「……とりあえず、中にどうぞ」 「ああ。俺の弟はどこだ?」 「のぼせて、私と泡風呂えっちし損ねたので拗ねてます」 「なるほど」  あいかわらず、理解が早い男だ。  動揺はしていても決して表情には出さず、慣れた様子でリビングに向かう蘇芳の背を、灯は内心パニックになりながら追った。 「────ところで、俺たちの関係性を、愚弟は知っているのか?」
/99ページ

最初のコメントを投稿しよう!

57人が本棚に入れています
本棚に追加