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土下座するから、夢であってほしい。
灯は一縷の望みをかけて、「はじめまして」と頭をさげてみたのだが、佇んでいる怜悧な印象の男は、怪訝そうに首を傾げて口を開いた。
「────灯」
他人の空似であれ。
その願いは届かなかったらしい。
「蘇芳、さん」
「久しぶりだな」
「はい、久しぶりですね」
「元気だったか」
「見てのとおりです」
淡々と話す癖は、以前と変わってないようだ。
精悍な顔立ちの蘇芳は、腕組みをして灯に視線をむけている。冷たくみえる双眸は、些か圧が強い。
約1年ぶりの蘇芳は、突っ立ってるだけでも理知的で色男だ、と灯は心中で感服した。
ま、今はそれどころではない。
「……とりあえず、中にどうぞ」
「ああ。俺の弟はどこだ?」
「のぼせて、私と泡風呂えっちし損ねたので拗ねてます」
「なるほど」
あいかわらず、理解が早い男だ。
動揺はしていても決して表情には出さず、慣れた様子でリビングに向かう蘇芳の背を、灯は内心パニックになりながら追った。
「────ところで、俺たちの関係性を、愚弟は知っているのか?」
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