第2話 末期に向かっているのは地球に住む人間だけ

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第2話 末期に向かっているのは地球に住む人間だけ

「本当に大丈夫か?」  慣れない手つきでエンジンを掛ける私に、同僚のトクシマは、不安そうな声で訊ねていた。  その表情が、初めての長距離のドライブに出る私を気づかってのものか、それとも貸した自分の車に対してのものかは判らないが。 「大丈夫だよ。昔と違って、対向車とか横から入って来る車なんてもう今では無いって、管理局でも言ってたし」 「だけどなあ、モリヤ」  ちら、とトクシマは壁に貼られた新聞を見た。今ではもう紙が少ないから、戸別に配られるより、こんな風に壁に貼られることが多くなっていた。 「ほら、また今日も載ってる」  何、と私は友人の指す方を見た。カラーの写真入りのニュース。おなじみの顔だった。 「林檎団(アプフェル・パーティ)」 「や、だって、奴等、こないだ捕まったとか当局に殺されたとか何とか言ってなかった?」 「うんそれも確かなんだけどさ。見ろよモリヤ、何か残ったのが、一番凶悪とか何とか書いてあるぜ?」  ち、と彼は舌打ちをした。 「ほらここにも書いてあるぜ。見ろよ」 「どれどれ」  ペンキのはげかけた掲示板に近づくと、その一番大きく載せられた記事に私は目を通す。連続強盗の集団犯人――― 林檎団。 「ほらここんとこ。連中の襲った銀行や店の数を挙げてあるぜ?」 「あ、結構色んな都市にまたがってるんだ」 「そうだなあ。でも今のとこ、この四十三番都市には来てないのが救いってとこだよな」 「あ、まだ来てなかったっけ」 「順番の様に言うなよ? 連中が来てみろよ。ウチの様な工業都市崩れの場所なんか、すぐに滅茶苦茶にされちまうぜ?」  そうだな、と私はうなづいた。 「それに抵抗する奴には、女子供にも容赦ないって言うぜ?  俺、こないだ、昼のニュースで、連中の襲った後の十五番都市の姿って奴、見たことあるけど」 「どうだった?」 「ひでぇよなあ。もう、何か…… そうそう、台風って奴? まだ都市が外にあった頃には、結構それで滅茶苦茶になるってこともあったらしいけどさ…… 写真で見たことあるけど、そんな感じかなあ」 「いまいち例えが悪いよ、トクシマ」 「だから、何って言うんだ? 物は散らばる、人は死ぬって。見てみろよこの表情! 何か楽しそうに銃を撃ってるだろ?」  それはひどい、と私も思った。ただでさえ少なくなっている人間をこれ以上減らすことはあるまい。  西暦2184年。外宇宙のどこかでは記念すべき星間共通歴という奴が始まったらしい。  あちこちで自転も公転も時間がまちまちだから、と基準となる時間を決めたのだという。  だけど地球では相変わらず西暦を使ってる。そしてそれもやがて終わるだろう。  地球は末期に向かっている。  いや訂正しよう。末期に向かっているのは地球に住む人間だけだ。  人間以外のものは元気だ。日々元気になっていくようだ。  空は綺麗だ。かつてはあれだけ問題視された大気の汚染もない。どこまでも青い空が、高く高く続いている。  ちょっと足下に目を向ければ、ひび割れたアスファルト。  その周りには今にも破壊しかねない様な勢いで、草や花が取り巻いている。すき間に入り込んで、根を張り蔓を伸ばし、太陽の光を受ける。  花も草も元気だから、虫も元気だ。虫も元気だから、小動物も元気だ。  人間を除いて。  いつからだったろうか。この地上に、花と、が共存を始めたのは。  でざいあ。  それはそう呼ばれている。花と同じ美しさと欲望を、その面に表した花。一つ一つが意志を持ち、集団になればなったで意志を持つ、そんな集合体生物。  そう花。  花だったから、それは、何の疑いもなくこの地上に入り込むことができた。  地球の外に出た人間は閉め出しても、綺麗な綺麗な花だけは、綺麗だからと、中の人間は喜んで迎え入れた。  誰も、予想だにしなかった。  春の薄青の空の下、満開の桜の花が、一陣の風に花びらをはらはらと舞い散らす。その地面に降り立った一枚一枚が、風も無いのに再び舞い上がると、誰が想像したろう?  やがて花びらがその風に乗り正体を現しだした時、人間は既に負けていたのだ。  奴等は機械人形(メカニクル)と手を組んだ。人間のしたがらない仕事を任せた連中と。わずらわしい都市の世話を任せた管理頭脳(ブレイン)と。  でざいあに入り込まれたメカニクルは意志を持った。  自分達がどれだけ理不尽な状況に置かれてきたか、ということを推しだして反旗を翻した。都市機能は混乱し、やがて都市そのものが人間を締め出した。  気づいた人間は、慌てて都市の扉を閉ざした。これ以上花が入り込まない様に。そしてその都市に人間も一緒に閉じこもった。  花は外で手を振る。出ておいでと手を振る。外の世界は、ひどく美しくなっていった。  だが長い間の暮らしの中で、もろく弱くなってしまった人間達は、管理された「清浄な」大気と「混じりけの無い」水の供給される都市から離れることができない。  もう時間の問題だ。  どれだけ扉を閉ざそうが、都市間の出入りを規制しようが、地上に点在する都市は刻一刻と、でざいあに目覚めさせられつつある。  明日いきなり、水と大気の供給が止まったとしても、おかしくはない。  逃げよう、と誰もが思った。  しかし使える外宇宙仕様の宇宙船も、大半がでざいあによって目覚めさせられてしまった後だった。  火星や月や、そんな短距離だったらまだ可能だったかもしれない。小さな船は、それでもまだ残っていた。だがそんな船を、受け入れてくれる場所は無い。  かつて地球政府は、一度宇宙に出た人間を締め出した。地球の土地はステイタスシンボルとばかりに、特権を持つ人間だけが住む場所だと言い放った。  貧しく、生きていくために飛び出した移民達は火星やコロニー、やがては外宇宙の植民星で必死で生き抜き、とうとう地球など無くても成立する世界を作り上げた。  その道のりは決して平坦ではなかったろう。東府で管理され、漏れ聞こえてくる程度の情報でも、それはよく判った。  彼らは必死だった。受けた仕打ちを思い出して。  住めなくなったからと一夜の宿をと求められたところで、そんな虫のいい話はない。  どれだけ金を積まれようが、どんな誠意を見せようが、それはたった一つの言葉で返されるのだ。 「今更」  彼らにはその権利がある。 「でもさ、それでもお前行くんだね。奥さんは何って言ったの? さんは」  トクシマはあきらめた様に苦笑する。 「行ってらっしゃい、って」 「それだけ?」 「お弁当を、くれた。三日分」 「三日分って」 「どのくらいかかるの、ってあいつが言ったから、私は三日、って言った。そうしたら、ほら、そこのバスケットに詰めてくれた」  車の脇に置かれたバスケットに、その時ようやくトクシマは気付いたらしい。 「ふうん。ならいいんだ」  何が「なら」なのか、結局トクシマは言わなかったが。
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