空に時を乗ず

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空に時を乗ず

「おい、ニンゲン、ちょっとした座興じゃ。勝負をしようではないか?」 ある日の明け方、火の化神が挑むように、半ば嘲るように、私にけしかける。 他の三つの化神も嗤(わら)い顔で私をじろじろ見る。 「夕刻までに、好き好きに旅をしようではないか。それで、掌(てのひら)に載る土産を持ち帰る。それが勝負の品じゃ。」 「ああ、それは面白いなあ。」水の化神は興味を示す。 「わらわに勝機あり、だわね。」風の化神が自信を覗かせる。 「俺様が力でねじ伏せてやろう。」土の化神がいきまく。 三人の化神の様子を見て、火の化神は満足げな笑みを浮かべる。 「うむ、みな乗り気で結構なことだ。・・・さて、ニンゲン、貴様はどうじゃ?」 「私は勝負事などに興味がないが、あなた方のその傲慢な態度は正さねばなるまい。受けて立とう。」 火の化神は、一瞬、カッと目を見開いたが、何とか冷静さを取り戻す。 「結構。では、勝負とまいろう。時間が来たらば、またここで会おう。」 その言葉を合図に、四人の化神の姿は消えた。 私は、ここに残る。 夕刻、化神達は、ほぼ同時に姿を現した。 「ニンゲンよ。おじけづかずに、よくこの場に戻ってきたな。褒めてつかわす。」 私は火の化神の言葉を柔術のように受け流す。 「さて、誰からいこうかのう?」 土の化神が手を挙げる。 「では、俺様から。・・・俺は地面をぶち抜きぶち抜き、この星の反対側まで行ってきた。帰りは楽じゃったのう。」 「して、お主の土産の品は?」火の化神が尋ねる。 土の化神は、結んでいた手を開く。 そこに載っていたのは、赤く熟したコーヒーの実。 「うむ、お主はこれを煎った茶が好きだったかのう。見事じゃ。・・・さて、次に参ろう。」 「じゃあ、次は僕。」 水の化神が前に出る。 「君たち、この星は、水が大地を覆っているって、知ってるよね。」 土の化神が不愉快そうに頷く。 「僕はね、海に飛び込み、地球の水と一体となったんだ・・・だから世界中、七つの海を旅してね。」 彼は皆の前に手を差し出す。 そこに載っていたのは、虹色に輝く、珊瑚の一枝。 「ひょっとして僕、勝っちゃった?」 おどけながらも、恍惚の表情を浮かべる水の化神。 「わらわの前で、お戯れを。」 風の化神が、扇子で顔を半分隠しながら、言葉を発する。 「海とか大地とか、そんなどんぐりの背比べをして、いったいどうなのかしら?」 水の化神の顔から笑みが消える。 「私は、風に乗ったの。みなさん、わかるでしょう?風にとっては、海も大地も関係ないわ。」 「確かにその通りじゃ。」 美女の化身を前に、火の化神が鼻の下を伸ばす。 「風とともに、世界の果てまで巡りましたわ。これがお土産よ。」 彼女は羽のついた玩具を手に持ち、宙に上げた。風に吹かれて羽根車がぐるぐる回る。 「風車(かざぐるま)というものは、世界各地にあるものだな。」 土の化神が悔しそうにつぶやく。 「さあて、火の化神、あなたはどちらまで行かれたのかしら?」 風の化神に聞かれ、西の夜空を指さす。 「まあ、空が赤いわね。あなた、何かしたの?」 「よくぞ聞いてくれた。わしは不死の山まで行って、火口に潜り、ひっかきまわしてきた。」 火の化神が手を開くと、燃え滾(たぎ)る溶岩が滴りおちた。 「あきれたわ。不死の山はさぞかしお怒りでしょうね。」 溶岩の熱さに耐え兼ね、風の化神が扇子で仰ぐ。 「いよいよ貴様の番だな。ニンゲン。」 舌なめずりする火の化神。 「お主はどこまで行けたかのう?」 「私はどこにも行かない。ここにいた。」 「おいおい、試合放棄かよ。」 土の化神が茶化す。 「わが身はここにいた。だがわが心は、壮大な旅に出た。」 「あら、どこまで行ったというの?」 風の化神が、疑いの眼差しで尋ねる。 「私は、この星がまだ火の塊だった時代を宇宙から眺めた。 そして、星全体が水に覆われていた時代があったことを確かめた。 さらに、地殻が隆起し大地や山々が形づくられた時代でも、各地を回った。 やがて生命が誕生した。私は風に乗ってその進化を垣間見てきた。」 火の化神が問う。 「時間を旅してきおったと言うのか。もしそれが偽りでなければ、我々化神の仲間に入れてやらんでもないが、証拠となる土産の品はあるのか?」 「傲慢な神などに身を落とすつもりは、さらさらないが、土産ならちゃんとある。」 私は、革製の表紙の分厚い本を掲げる。 「エンサイクロペディア。あなたがた化神の言う『ニンゲン』は、歴史を継承し、東西の伝聞を共有し、時間と空間を自由に旅する。」 (了)
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