待ってください。

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「いや、いい」 「…え…」 「お礼されるほどのことしてないし」 「で、でも」 「じゃ」 そう言ってそのまま本当に去って行こうとするから、慌ててその腕を掴んでしまった。 不思議そうに、彼が振り返る。 自分でもハッとした。 何をこんなにムキになってるんだろう。 自分のことを知らないのを許せないから? 男の人は目が合うだけで「可愛い」って顔に出るのに、それがないから? 「なに?」 「いや、その…」 「………」 「……っ…」 自分でも分からなくて、黙り込んでしまう。 こんなの初めて。 意図的に沈黙を作って相手の出方を見たりすることはよくあるけど、今は本当に何て言えばいいのか分からない。 「何もないなら行くから」 「っ!」 踵を返して、また行ってしまう。 嘘だ。こんなの。 男の人にこんなに素っ気なくされたことはない。 このままさよならするのは負けた気がして、そんな私のつまらないプライドが、また彼の腕を掴ませる。
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