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夏にはまだ遠いはずの6月。菅沼星依は鞄を片手で持ち歩き慣れた道を行く。皆が同じローファーを履いているのに星依のローファーだけはコツコツと小気味良い音を響かせている。
「ふぁー、菅沼さんだ」
「マジきれぇ」
「今日の俺達ツイてるな」
同じ学校に通うのだから皆が同じ方向に歩いている。にも関わらず背後から感嘆の声が聞こえると皆一様に振り向き星依を見てはぽかんと口を開けて立ち止まる。女子生徒もやっかむどころか僅か頬を染めてほうっと熱い溜息を漏らして眺めている。
「生きてる世界が違うのよ」
「ねえ」
「あーん、私も少しくらい綺麗になりたい」
だが決して星依と対等に話そうとする者はいない。
星依は貼り付けた優しい微笑みで皆の前を通る。「おはよう」の挨拶すら交わさない生徒達に星依の心は徐々に暗くなっていった。
「うわっ!?」
穏やかな声ばかりの中を歩いていると不意に悲鳴に似た男の声が聞こえて星依は足を止めた。その声は背後から聞こえたため、スカートを翻し星依は艶のある髪を揺らして振り向いた。
「堀尾千晴っ」
「ひえ、こわ」
「ちょっと何持ってんのアレ。雑草?」
「ばか、機嫌損ねたら意識飛ぶまで殴られるぞ」
皆がザワザワし、星依が作った道を千晴はズカズカと遠慮なく通ってきた。細く短い眉の間に皺が寄り、切れ長な瞳は更に鋭利に細められまっすぐ星依を睨みながら近づいてきた。
「っあ、危ない菅沼さんが!」
「うわ、俺達にもっと力があれば」
男子たちは騒ぎはするが決して千晴の前に立ちはだかる勇気はないためこそこそと後退りする。
周りの喧騒を気にすることなく千晴は片手に鞄、もう片方の手に包み紙を持って星依の前に辿り着くと足を止めた。頭二つ分も違う星依をギロリと見下ろし、もう片方の手で握っていた包み紙を星依に差し出した。
「え?」
受け取れと言うことだろうか、と星依は不思議そうに包み紙と千晴を交互に見やった。他の者には背を向けているため千晴の表情は星依にしか見えない。
千晴は真っ赤な顔で星依から視線を逸らしてただ包み紙を差し出している。
「私に?」
「……他に誰がいんだよ」
勝手に近づき、勝手に何かを差し出したくせに千晴は苛立ちを露わにして包み紙を星依の胸に押し付けさっさと学校へ向かって歩き始めた。
星依はその包み紙を落とさぬよう手のひらで受け取り、千晴の背が見えなくなるまで見送った。千晴が見えなくなったところで星依はそっと包み紙の中を覗き、目を輝かせた。
「お花……」
その中に入っていたのはどこにでも咲いているような野花だった。
タンポポ、ヒルガオ、ツキミソウ、ヒメジオン、シロツメクサ……。
「ブーケみたい」
雑に包まれているせいで茎の部分は細く、花が咲き誇る上の方はふわっと包み紙が広がっている。
千晴が何故今日、今この瞬間にこれを持ってきたのか星依はわからない。けれどもポッと心が温かくなってブーケ状に包まれた花束を星依は優しく抱きしめた。
昔から小さなものや綺麗なものが大好きだった千晴が一生懸命集めてきた花。
「ふふっ……可愛い」
小さく色とりどりで咲く花々へ言ったのか、照れながら去っていった千晴に言ったのか。本当の気持ちを知っているのは星依だけ。
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