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深月さんは小さく息を吐いてまたベンチに腰を下ろした。
「手を離して」
「すみません、強く掴んでしまって」
「手は痛くないよ」
でもずっと泣くのを我慢しているような顔をしている。今にも『痛い』と叫び出しそうなほど。
「僕はね中学か高校かは分からないけど、来年は教師になるの。そのために勉強してる」
「はい、教育実習をしているのでそれは分かります」
「今は僕も学生だけど、来年は違う。僕は教師で高校生と付き合うなんて無理だよ。高校生に手を出すような教師、生徒や保護者が安心できるわけがない」
深月さんの言っていることは理解できる。俺だって自分の学校に高校生と付き合っている教師がいたら偏見の目で見るかもしれない。でも気持ちは別で。深月さんと別れたりなんてしたくない。
「嫌です。深月さんが好きです」
「僕だってそうだよ。初めて会った時から惹かれて、会える日はすごく嬉しかった。会えない時はメッセージがきてないかスマホを確認するし、あと何日で会えるって指折り数えるし。どうしようもないくらい好きになっちゃった! ……高校生だって分かってたら最初から近付かなかったし、こんなに痛い思いはしなかった」
痛いのは強く掴んだ手ではなく、心だったのか。深月さんの瞳から溢れた涙を拭おうとしたけれど、触れる前に手を払われた。
「……すみませんでした」
ハンカチを差し出すがそれも受け取られなかった。
「遅くならないように帰ってね」
足早に公園を後にする深月さんの後ろ姿が小さくなっていくのをずっと眺めていた。今度は引き止めることができなかった。
俺のせいで深月さんが泣いていた。でも俺にその涙を止めることはできなかった。
「……痛い」
胸を押さえる。深月さんと同じ痛みなのだろうかと思ったが、きっと深月さんの方が傷付いている。騙すつもりなんてなかったけれど、年齢を偽っていたのは俺だ。
心を締め付けられるような息苦しさに背を丸めた。視界が濡れた瞳で歪む。奥歯を噛み締めて涙を堪えるが、身体は小刻みに震えていた。
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