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「ここが僕の家だよ」
思いのほか学校から近かった。部屋に入ると渚先輩はベッドに腰を下ろした。俺はドアを閉めるとその場で立ち尽くす。
「どうしたの? 座りなよ」
ベッドを指されるが首を振って断る。
「すみません。俺、やっぱり帰ります」
「どうして?」
「渚先輩とそういうことはできないなって」
「うん、僕もそのつもりはないよ」
笑顔で返されて首を捻って眉を寄せる。俺は渚先輩に誘われたよな?
「どういうことですか?」
「僕と久志は仲の良い先輩と後輩以上にも以下にもならないでしょ。自分の気持ちに気付けた?」
俺がどう思っているのか気付かせるために芝居を打ってくれたのか。
「俺は深月さんが好きです」
「うん、相手の言い分はわかるけど、そんな簡単に諦められないからずっと落ち込んでいたんでしょ? それは相手だって同じだと思うよ」
深月さんも俺と同じ? 困惑の表情を浮かべれば、とりあえず座りなよ、と言われたから今度こそ渚先輩の隣に腰を下ろした。
「だってさ、僕と久志のことを見てたよ。何を話しているのか気になってしょうがないって顔してた。久志に未練たらたら。だからわざと久志に引っ付いて学校を出た。ちゃんと喧嘩も売っといたから」
俺に引っ付いている時に深月さんと視線を交わして笑いかけたらしい。全く気付かなかった。
「どうしてそんなことをしたんですか?」
「僕は久志の味方だって言ったでしょ。僕が挑発したことによって、何らかのアクションがあるかもしれないじゃん」
渚先輩から触れられたのは初めてだったから驚いたが、俺のためだったようだ。
「でも高校生とは付き合えないってはっきり言われましたよ」
思い返して落ち込む。
「再来年は高校卒業してるよ? その間ずっと好きでいる保証はないけどさ、諦めるにはまだ早いんじゃないのって思うよ」
目から鱗が落ちた。俺がダメなんじゃない。高校生がダメなんだ。俺は二年後には高校生ではない。
「……そうですよね! 俺は深月さんに毎日好きだって伝えるって渚先輩の前で言いました。付き合っていない期間でも、それはできるはずです」
「そうだよ。諦めるのはいつでもできるんだし」
優しく頷かれて気持ちが晴れた。口を横に広げる。
「ダメだった時は今度こそ慰めてくださいね」
「そんなこと思ってもいないくせに。でも冗談が言えるようになったってことは、今日一緒に帰って良かったのかな」
「はい、ありがとうございます」
「またいつでも話を聞くからね。僕は久志の味方だし、可愛い後輩だって思ってるから」
礼を言って帰宅する。
俺のことを知り合いの弟と言ったからには、今会いたいと連絡するのは迷惑になるかもしれない。教育実習が終わったら深月さんに好きだと伝えよう。
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