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俺にしなだれかかっていた深月さんが、俺の肩に手を添えて弱々しく身体を押す。
「お手洗いに行ってくるね」
「いえ、心配なのでついていきますよ」
腰に腕を回した。深月さんはピクリと身体を跳ねさすが、俺の肩に頭を傾ける。
「ごめんね」
「気にしないでください」
トイレへ向かう足取りも怪しい。ついてきて良かった。顔は赤いし口元は緩んで、美人なのに可愛らしい。一人で行かせていたら、俺にお持ち帰りされる前に通りすがりの誰かに連れ込まれていた可能性もある。
でも、今日は無理だよなと息を吐く。まともに歩くこともできない相手をどうこうするつもりはない。俺は自分も相手も楽しく気持ちよくなって、いい気分で遊びたい。
「えっと、一人でできますか?」
「うん、大丈夫だよ」
「じゃあ俺は外で待っています」
用を足すのを見られながら待たれるのも嫌だろうからトイレから出る。通路の壁に背を預けた。程なくして扉が開き、よたよたしている深月さんに手を伸ばして支える。
「ごめんね」
「謝らなくて大丈夫ですよ。気をつけてくださいね」
深月さんが頬を緩めた。身長が同じくらいだから、顔が間近にあって至近距離で見つめられる。やっぱりめちゃくちゃ好みだ。美人に頼られたら嬉しいし、いい匂いもするしで俺にとって悪いことなんて一つもない。酔っているからお持ち帰りはできないけれど。
戻ってからはまた深月さんと話をする。話せば話すほど惹かれた。美人なのに笑顔は少し幼くて可愛らしかったり、心地よい声と穏やかな話し方に、お持ち帰りできなくても満足してしまうほど心の中が満たされた。
時間になり、会計をする時に兄貴が俺の分まで払ってくれた。好みの人といい感じになれて気分がいいのだろう。
「久志、お前はまっすぐ帰れよ」
「え? まだ二十時なんだけど」
ヤれないにしても、この後深月さんをカフェにでも誘おうと思ったのに。
「母親から俺に連絡が来た。『久志は明日の朝早いんだから、遅くならないように帰らせなさいよ』って」
深月さんの目の前でそんなことを言われたら、誘っても絶対に断られるじゃん。
「一年生だと一限からの授業が多いよね。頑張ってね」
高校生だから毎日八時半には学校にいなければならない。
優しく微笑まれ、もう少し一緒に過ごしませんか? なんて聞けなくなった。
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