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気づくと身体のどこにも痛みはなく、風が心地よく頬を切っていた。
隣には驚いた顔で辺りを見るエリーの姿があった。足元には光を跳ね返して七色に輝く鱗がびっしりと敷き詰められている。
ぼくらは空を飛んでいた。龍の背中に乗せられ、人間の住む狭くて小さな世界を見下ろしていた。
茫然としていると、頭の中に不思議な声が流れ込んでくる。
『わが子が世話になったな。共存を願う人間の手に渡ったことは幸いだった』
龍は飛翔しながらこちらを振り返った。龍は意識の中に直接、話しかける能力を持っていると聞いたことがある。
体現して驚いたけれど、その驚きが消えないうちに、さらに別の声が響く。
『パパとママ、ぼくのことをたいせつにしてくれたんだよ!』
それはレイヴンの声に違いなかった。頭上には翼を広げ、のびのびと空を舞うレイヴンの姿があった。
エリーの朗読が功を奏したのか、いつのまにかレイヴンは人間の言葉を覚えていたらしい。ぼくは龍の背にひたいをつけて語りかける。
「エリーの自然を愛する心があったから、レイヴンはすこやかに成長できたんだ」
空の上からぼくらを見下ろすレイヴンの姿は凛々しく、立派になったなぁと親心を抱いてしまう。その姿にエリーも涙を浮かべていた。
エリーは腹の底から声を発し、空に向かって叫ぶ。
「レイヴン、おまえは龍の世界におかえりなさい! あたしたちは、絶対に龍と人間が共存できる世界を創るから!」
レイヴンは納得したように力強い咆哮を上げた。まるで龍の棲む世界に「ただいま」と挨拶をするかのように。
すると足元の龍もうれしそうに鳴いた。「おかえり」と言ってレイヴンを迎えているようだった。
彼らの声は五臓六腑に響き渡り、ぼくの決心を固めさせた。ぼくはレイヴンを育てながら思い至った決意をエリーに伝える。
「エリー、ぼくもきみと同じ道を歩むよ」
えっ、とエリーは不思議そうな顔をした。
「人間だけが幸せになれる世界なんて、ほんとうの幸せじゃない。ぼくはこれから、みんなが幸せになれる世界を創りたいんだ」
レイヴンの姿を見て思う。魔法の勉強なんてもうどうでもいい。ぼくは、ぼくが生きたい空を翔べばいいのだから。
するとエリーは感極まったのか、勢いよくぼくに抱きついてきた。
「おわっ、落ちる!」
足を滑らせそうになって必死に鱗にしがみつく。エリーはせいいっぱいの力でぼくの腕をたぐり寄せて言った。
「もうっ! レイヴンがいなくなるんだから、タロはあたしから離れないでよねっ!」
エリーは頬を膨らませ、顔を紅潮させている。聞いたぼくの胸は弾み、顔は熱を帯びてしかたない。
だってそのひとことは、エリーもぼくとの距離を埋めたかったのだと、ぼくに気づかせてくれたのだから。
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