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「……煌生」
名前を呼ぶと、縁側に座る煌生の肩が少しだけ揺れた。
一人にしてあげたかったけど、なぜだかその背中が今にも消えてしまいそうなほどに弱々しくて思わず声を掛けてしまった。
ハルがいなくなったことを知ってからの煌生は酷く動揺して、食欲を失い、ろくに睡眠もとれていない状態だった。
そんな煌生の隣に座ってそっと肩に触れた時、微かな声が耳に届いた。
「ねえ、お母さん」
「……ん?」
「すごく、悲しいんだ。こんなに悲しいのは初めてだよ」
「煌生…」
暗い空を見上げる煌生の横顔を見ると、その頬に一筋の涙が伝っていた。
「寂しくて悲しいんじゃない」
「……」
「こうしている今も、ハルがどこかで辛い想いをしていることが、凄く悲しいんだ」
幾度となく零れ落ちるそれを拭うこともせずに、絞り出すように吐き出された言葉。
それは、息をするのも苦しいほどの切なさで、私の胸を締め付けた。
この想いを知ってる。
この耐え難いほどの苦しみも、遣る瀬ない感情も。
私はよく知ってる。
俯いてぎゅっと拳を握り締める煌生の手に、自分の手を重ねた。
沢山泣けばいいと思う。我慢する必要なんてない。
感情の赴くままに、泣き続ければいい。
だけど一つだけ、私が言っておかないといけないこと。
「煌生、ハルはきっと闘ってるよ」
「……」
「あの子は強い子だから。何があっても諦めないで、絶対に最後まで闘い続ける。ハルはそういう子だから」
ハルが今どれだけ苦しいのか、それを考えることがこんなにも辛い。
両親を失い、深い傷を負い、目の前で人を殺されて連れ去られて、どんな仕打ちを受けているのか。
目を背けたいほどに、苦しい…けれど。
「目を背けちゃダメ」
「……」
「私達がそれから逃げたらダメなんだよ」
「…っ、く、」
小さく嗚咽を漏らした煌生が胸元にあるリングに触れた。
それはまるで"助けて"と――見えない何かに縋り付いているみたいだった。
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