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「湊くんにこれあげる」
「え?何?……って、ボールケース!?」
「うん。お姉ちゃんが使わなくなったやつなんだけど、未来のバスケ選手に使ってもらいたいなって。どうかな?」
「やったー!お母さん、ケースもらったよ!しかもナイキ!」
「あ、あの…さすがに申し訳ないです」
「前から知ってたんです」
「え?」
「彼…湊くんがここでバスケの練習してるところを見て、頑張ってるなぁって。応援したくなっただけです」
「……」
「あと、仕事が終わるお母さんをここで待ってるっていうのも。彼、お母さんのこと大好きですね」
湊くんからお母さんに視線を移してそう告げると、彼女は嬉しそうに微笑む。それじゃ、と頭を下げると、右京に目配せをして歩き出した。
大通りに出て信号待ちをしていると、隣りで右京がヒラヒラと手を振る。その視線の先には、お母さんと一緒に歩きながらもこちらを振り向いて笑っている湊くんの姿があった。
「……十分前」
「ん?」
「そこで、事故があった」
指をさしてそう告げると、右京の表情から色が消える。私が何を言おうとしているのかすぐに察知したようだった。
「湊くんはいつもと同じ場所で、仕事が終わって帰ってくるお母さんを待っていた。そしてお母さんを見つけると、自分から迎えに行こうとした。そしたらお父さんの形見であるボールを誤って転がしてしまった」
「……」
「いつもだったら冷静に判断が出来るのに、あのボールだけは失いたくなかったんだね」
「……それで、湊くんは、」
「トラックに跳ねられた」
「……」
「あの母親は事故で夫を亡くしただけじゃなく、目の前で息子が潰れるのを見たんだ」
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