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「私、働けるようになったら雪さんにお金返すからね」
今では食べ慣れた雪さんの玉子焼きに舌鼓を打ちながら、力強く頷いてみせる。
だけど雪さんは返事をせずに、黙々と箸を動かし続ける。
きっと雪さんはお金のことはどうでもいいんだろう。現に、過去にもお金が掛かるか尋ねたら、「遠慮するくらいなら来るな」と言われたことがあった。
本当に、ボス猿にも雪さんのような心の広さがあればいいのに。残念な男だ。
「それでさ、実際に雪さんって灰雨に行ったことがある?」
話がだいぶ逸れてしまったけれど、一番聞きたいのはそのことだった。
全身血だらけで灰雨を歩いていた、だなんて。どう考えても虚言にしか聞こえない。だから、割と軽いノリで雪さんに尋ねた。――のだけど。
「雪さん?どうかした?」
雪さんが何かを考えるように箸を止めたので、不思議に思ってその顔を覗き込んだ。
すると雪さんはふと我に返ったように私を見て、再びご飯を食べ始める。
さすがの私でも、その様子がおかしいことに気が付いた。
「ない」
「行ったことないの?」
「ない」
「……ふうん」
それだけ分かりやすい反応をしておいて、よくもぬけぬけと嘘がつけたものだ。
だけどここで疑って掛かったところで、雪さんは本当のことを言わないだろうから。
疎ましく思われないためにも、それ以上聞くのはやめた。
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