心、弾む

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ある日外でぼんやりと座っていると、お兄さんが向こうから歩いてくるのが見えた。 ズボンもティーシャツもパーカーもダボダボで、手にはビニール袋をぶら下げている。相変わらず髪の毛のせいで顔が見えないのに、よく前が見えるなぁと感心した。 「おい!雪男が何か持ってる!」 するとここら一帯を仕切っているガキ大将ことボス猿が、六人ほどの子分を従えて現れた。私より五つ年上のくせに、あんな風に食料を持っている人を襲って盗んだりする。大人げない。 だけど、そんな光景は特に珍しいことじゃなかった。 私達が住んでいるこの場所は貧乏な人が多くて、お腹が空いた子供達はみんなあんな風に人から強奪したり、お店から万引きしたりする。だからそんな場面に出くわしても、多くの人は見て見ぬフリをする。 「おい!それ寄越せ!」 ボス猿がそう言いながらビニール袋に掴み掛かれば、お兄さんは呆気なく手を離して、急いで逃げて行くボスザル達の背中を目で追いかけた。 だけど、それだけ。 大抵被害に遭った大人は怒鳴りながら追い掛けて、捕まえると警察に引きずって行くのに。 お兄さんはいつもそう。ただ静かにボス猿達をやり過ごしているから、味をしめたボス猿達に目を付けられるのに。 「六花(りつか)」 ふいに頭上から名前を呼ばれて、顔を上げれば、キャミソール姿のママが窓から顔を覗かせている。 そこから放られた小銭をキャッチすれば、「それで何か食べ物買ってきて」と、ママは告げた。 それはママがたった今稼いだお金。うちんちにお店のお客さんを呼んで"仕事"をして、私はその間お外で待っている。どうやら今日は一時間ほどで終わったらしい。 その小銭をポケットにしまって立ち上がった時、まだそこにお兄さんがいることに気が付いた。目が隠れているせいでお兄さんが私を見ているかどうかは分からないけれど、とりあえずぺこりと頭を下げてみる。 だけどお兄さんは反応せず、スイと顔を背けると、ボロボロのアパートの中に入っていった。
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