心、弾む

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「ごめんなさい、今ママ酔っ払ってて…」 動物みたいなママの声が恥ずかしくて、咄嗟に謝る。その間も声量は増すばかりで、思わず耳を押さえた。 そんな私をお兄さんはしばらく見下ろしていたけれど、ふと何かを思い出したようにそこにしゃがみ込んで私と目線を合わせる。 その時初めて、ママがお兄さんを"男前"だと口にした意味を理解した。 完全に隠れていると思っていた目元は本当は少しだけ見えていて、くっきりとした二重が印象的な綺麗な瞳が覗いている。残念ながら片目だけしか見えないけれど、目から下のパーツだけでも充分均衡が取れているので、もし前髪を上げたらさぞ息を飲むようなハンサム顔が現れるに違いない。 パッと見でそんな期待を抱いてしまうような、他の誰とも違う、格好いい顔立ちだった。 するとお兄さんはポケットから何かを取り出して、耳を押さえている私の両手をどかすと、いきなりそれをズボッと私の耳に突っ込む。 それがイヤホンだと分かった時にはそこから心地いいオルゴールの音色が奏でられていて、生まれて初めてこんな風に音楽を聴いた私は、瞬く間に気分が高揚するのを感じた。 「ありがとう、お兄さん」 きっとお兄さんは、ママの声が聞こえないように自分のウォークマンを貸してくれたのだろう。 言葉はなくても、その優しさはすぐに分かった。 するとお兄さんは返事をすることなく、私の横を通り過ぎて廊下を歩いていく。その背中を眺めていると無性に寂しくなって、気が付けば後を追い掛けていた。
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