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「つまりはなに、はじめから王子から奪うつもりで付き合ったの?」
「人聞き悪いすよ。あっちから付き合ってほしいって言ってきたんだよ?」
私との話だ、とすぐにわかった。
「自分が気に入られて優遇されてんの全然気づいてないんだもん。王子も片思いなんて憐れだから。さっさと縁談に踏み切れるように俺が協力してやったって感じじゃん」
感謝してほしーくらいよ。と。
「にしても知った時の王子の顔よね。ショック丸出し。あれが拝めただけでもあの子には感謝だわ」
くふふふ。今でも笑える。
「あんたほんとクズ」
「あざす」
聞かなければよかった、と思ってももう遅い。私は、どうしてこんな男と付き合っていたんだろう。
早くいなくなればいいのに。
一瞬黒くなりかけた心を慌てて取り戻した。ちがう。私はこの人たちとはちがう。
「でも結果的には王子も無事に縁談受けたみたいだしよかったじゃないすか。話聞いたらあの子も王子とそんなん恐れ多いみたいだったしね」
「だからって用が済んだらポイはひどい」
「は。いいっしょ。お互いそろそろ飽きてたもん。ここらで若い子にチェンジよ」
心の中は、もはや『無』だった。
恋愛なんて、もういい。ちゃんと仕事と向き合おう。ケーキを、お菓子を、真剣に作ろう。私はそのためにここにいるんだから。
それからは、無心で働いた。正確さとスピードの追求。周りをよく見て、足りていないところのサポート。整頓。清掃。気の利いた声掛け。
おかげで少しずついろいろなことを任せてもらえるようになってきた。
「いちごちゃん」
「いちごさん」
「いちご先輩」
呼ばれ方も、いつの間にかこんなふうに砕けて。そうするうちに、後輩がまた増えて。
気がつけば、柚木崎先輩と後輩の子は、揃って退社をしていた。
「なんか地元のケーキ屋に二人で移ったらしいよ」
「そうそう。パティシエと販売員でね」
ふうん。と思っただけだった。
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