不条理

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ピンポーン、とチャイムを鳴らす。明かりはついているものの、一向に誰も出てくる気配がなかった。 もう一度鳴らしても出てこないので、コンコンと扉をノックして、「すみませーん」と自分なりのぶりっ子の声で呼びかけてみる。 恐らく中にいる連中は、こんな時間の来訪者に顔を見合わせて身構えるけれど、間延びした声が聞こえてきたことで警戒心を緩める。そしてドアスコープからこちらの様子を窺い、それが女であることを知る。 すると鍵を回す音がしてゆっくりと扉が開き、チェーンをした状態でそこから顔を覗かせたのは若い男だった。 そいつは隙間から私を見下ろすと、一瞬驚いたように目を見開き、上から下まで舐めるような視線を向ける。特に胸元と脚はまじまじと観察してきた。 「あの〜…私下の住人なんですけど…なんかさっき上から凄い音がしてびっくりしたんですけど、大丈夫ですか?」 「……あー…えっと…あ。ちょっと待ってね」 もちろん嘘なので男はなんのことを言われたのか分からないだろう。しかし、こうして心配そうにしている私に、少しだけ張っていた緊張が緩んだのは目に見えて分かった。 男は一度扉を閉めると、もう一度開ける。今度はチェーンが取れた状態で、これを待っていた私は心の中でほくそ笑んだ。 「実は猫がすごい暴れて、棚ひっくり返すわ荷物ぐちゃぐちゃにするわで大変なんだよね」 「あ、なるほど。猫ちゃん飼ってるんですか?いいなぁ。猫ちゃん可愛いですよね」 「……なんなら、見てみる?」 「え。いいんですかぁ?」 わざとらしく瞳をキラキラさせて詰め寄ると、男は「いいよいいよ」なんて上機嫌で答える。 馬鹿そうな若い女が釣れた…と、内心では喜んでいるに違いない。そして私が部屋に入った瞬間、他の女性と同様に強姦する気なのだろう。
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