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ミープが覚えている景色は、いつも滲んでいる。
古びたウィーンの街並みの小路を縫うように、折れそうなほど痩せこけて小さな手足をばたつかせながらも必死に走った。
固くなったパンひと切れを抱えて、食べたい気持ちを必死に堪えて妹のところへと転びそうになっても歯を食いしばって走った。
物心ついた時には、火薬の臭いが辺り一面に広がって、警報のサイレンがけたたましく鳴り響く戦火の毎日になっていた。先の見通せない、煙に滲む街。
いつの間にか食べる物がどんどん街から消えてゆき、そんな中で生まれた妹に、母はミルクもやれないような
ありさまだった。
ミープは自分の分を、妹や母に渡す。
「私も友達とさっき分けっこしたから」
にっこりと嘘をついた。
母はわかっていても何も言えない。
神さま、嘘つきでごめんなさい。
ミープは、毎晩そうお祈りをしてから防空用の地下室で汚くて薄い毛布に潜り込む。
この中だけは暖かくて、安全だという思いが募る。
それですっぽりと、頭からつま先まで隠して眠る。
そんな毎日がこれ以上続いたらもう立つ事もできなくなりそうになった頃、兵隊さんが現れてミープのような子ども達だけ連れて行かれた。
とても怖かったけれど、知ってる子もいて……。
もう従う事に、慣れきっていたのかもしれない。
行きたくない。
そんな一言も、もう出てこなかった。
涙を流す、気力もなかった。
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