あの日戦火の中で

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 ミープは、とてもとても寒い日に汽車に乗せられた。  人でごった返す寒い駅で、母さまと父さまがずっと私の姿を見つめていた。  誰もが、無力だった。  祈ることしか出来なかった。  その両親の姿だけが、瞼に焼きついた。    汽車でどのくらい揺られたのかわからない。  疲れから、すぐに寝入ってしまった。  それから、どこでどうしたのかぼんやりした頭のままミープは小さな街に連れてこられていた。  ウィーンとは違う。  とてもとても静かな街。  静寂がこれほど安らぎをもたらすのだと、初めて知った。  緩やかに流れる川に沿って、お伽話に出てくるようなおうちが並んでいる。    その一軒の扉が開かれて、5人の子ども達が顔を出した。  ミープに興味津々なのがわかったが、照れくさそうに母親の後ろに姿を隠してしまう。そんな子ども達を(たしな)めながら、穏やかな声の夫婦がミープを抱き寄せた。  「今日からここが、あなたのおうちよ。さぁ寒かったでしょう?暖炉のそばに行って頂戴。今あたたかいスープを持ってくるわ」  それが、他人から最初にもらった愛だった。  ライデンという街は、戦火に巻き込まれることなくひどくゆったりとしていてすぐにミープは気に入った。  オランダ最古のライデン大学の学生が、本を持って足早に街を闊歩する姿もウィーンでは見られない風景だった。  彼らはよくライン川に架かる瀟洒な橋でおしゃべりをして、ランチを食べていたものだった。  ミープは、家の窓からそんな川の流れや川辺の景色を眺めて過ごしていた。外に出るにはなかなか体力が戻らなかったのだ。  里親の子ども達は、5人もいたので決してお金持ちのようには思えなかったけれど、11歳には到底見えない痩せっぽちすぎるミープを大切にしてくれた。  フッツポットという野菜のトロッとした煮込み料理と白パンが少し。それだけでも贅沢に感じる。じわじわっと胃や心に染みる味だった。    そんな時、両親はちゃんと食べているのかと心配になる。  「沢山食べなさい。食べていいのよ」  優しくそうおばさんは言ってくれるけれど、ミープの胃はなかなか受け付けなくて、ほんの少し食べただけでお腹が一杯になる。  残すくらいなら、妹にあげたいと願う。  母さまや父さまにどうか……と、心から祈った。
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