あの日戦火の中で

　そんな頃、彼女はアムステルダム市の社会福祉局に勤務しているヤンという近所に住む青年と知り合った。

　彼はミープの4つ年上だったが、やんちゃな少年のような純真さにあふれた人だった。

　背が高くスリムで、知的でほんの少しだけ神経質そうなハンサムさん。
　そんな外見と洗練された話ぶりを初めて目にした時には、実業家かしらと思ったほどだった。

　話すと止まらなくなる迸(ほとばし)る若い情熱は、純粋さを兼ね備えた彼をレジスタンス活動家として駆り立てる理由には充分過ぎるほどだった。

　戦火を逃れてきたミープの身の上を親身になってサポートしようとしてくれたが、彼女は甘えることが苦手だった。

　「ミープ、困ったことはないかい？いつでも言って」
　「大丈夫よ、ヤン。ここは希望に溢れた街だもの」

　彼女は社会に出てから差し伸べられた手を、握ることはなかった。誰にも頼らずに生きていきたかった。

　故郷に残してきた両親の苦悩とともに。

　それでも、ヤンはミープに恋をした。

　彼女の芯の強さ、他者への献身から垣間見える聖母マリアのような慈悲深さが彼を惹きつけて止まないのだった。

　手負の獣のような、治ることのない深い傷の痛みを互いに分け合いたいと何度も何度もミープに語った。

　優しい抱擁とともに。

　ヤンは辛抱強く、彼女の冷え切った心を温め続けていった。