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「伊吹くん、だったね」
「はい」
ぽつり、クラリスの社長が口を開く。
あの大手のトップにしてはかなり若く、恐らく四十にも満たないんじゃないだろうか。志季さんに聞いた話によるとこの人がかなりのやり手で、テレビ業界のお偉いさんや金持ちのスポンサー企業と繋がっているんだっけ。
身なりが整っていて、自分も俳優でやっていけそうなくらい普通に男前。
冷静にその容姿を観察していると、突然社長がガバッと勢いよく頭を下げて、「お願いします!」と大きな声を出した。
訳が分からずぱちりと目を瞬く。
「どうか…どうか!シュリの護衛を任されてはくれないだろうか!もう本当に君しか頼みの綱はないんだ!」
「……はい?」
「聞いたんだ。伊吹くんがあのシュリにかなり気に入られていると。なあ相良くん」
「そうです。あの血も涙もない冷徹で恐ろしい人が伊吹さんには興味津々で、何より衝撃だったのは、完全にキレモードに突入していたシュリさんを伊吹さんが宥めて止めたことです。あんな奇跡、初めて見ました」
「いや、奇跡だなんて大袈裟な…」
「奇跡なんです!彼女の担当になってからの五年間、あんな風にぐっと我慢するところを初めて見ました!一度凶器を握ったシュリさんは必ずやり返すまでやめません!下手したら止めに入った人間まで怪我するんです!あいつは魔女です!頭がおかしい!イカれてる!」
「落ちつけ相良くん!君が見放してしまったら、もうシュリにつくマネージャーが誰一人としていなくなってしまう!」
「うう、社長…!俺はもう胃に穴が開きそうです!彼女の態度や暴言で周りの人達に頭をへこへこ下げ謝罪し続ける毎日!そんな俺にあの魔女がなんて言ったと思いますか!?『あなた、人生楽しい?』ですよ!誰のせいでこうなってると思ってんだ畜生め!」
「うわあ!なんて非道な魔女だ!恐ろしい!」
「なんとか金で解決してきましたが、謝罪するのももうこりごりなんですよ!」
「……とまぁ、そういうわけでですね。そこに現れたのが救世主である伊吹さん、あなたです」
突然スン、とテンションが通常に戻った社長が俺を見る。
いや何その茶番。
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