5人が本棚に入れています
本棚に追加
それからもなかなか喋ろうとしない浅羽さんに、シュリさんは辟易したように目を細める。そしてずかずかと浅羽さんの前まで歩いてくると、腕を組んで浅羽さんを見据えた。
「あなたにこれあげる」
「……え?」
「うちの事務所の社長の名刺。話通しておいてあげるから、もし今の状況から抜けだしたいなら連絡すればいいわ」
「……」
「大丈夫よ。これまで散々虐げられてきた人間はね、勇気を出して自分の足で立った時、目の前にはもう怖いものなんてないの」
「……シュリさん…」
「あなたの人生だもの。このまま自分を殺して生きるのか、自分を愛して生きるのか、決めればいいわ」
相変わらず素っ気ない言い方だけれど、すっと目の前に差し出した名刺とその言葉は、意外にも浅羽さんを励ますためのものだった。
……いや。震える手でそれを受け取った浅羽さんにとっては、励ます以上に意味があるものだったのかもしれない。
シュリさんと名刺を交互に見る瞳にはじわじわと涙が滲んでいき、それを堪えるようにぐっと唇を噛む。もしかしたら、それは初めて差し伸べられた救いの手だったのかもしれない。
しかしそれ以上慰めることなく、「じゃ、また」と告げてさっさと踵を返すところはシュリさんらしい。
余計なお節介かもしれないが、「これ使ってください」と浅羽さんにハンカチを渡してから、先に部屋を出て行ってしまったシュリさんの背中を追いかけた。
最初のコメントを投稿しよう!