その男、使用人。

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「行くか」 パタパタと来客用スリッパを響かせながら廊下を歩き始める奴。 その見慣れた後ろ姿を、慌てて追いかけた。 「───ノア…」 口に慣れた名前を呼ぶと、彼が振り返る。 ふわりと香る、シトラスの香り。 去年の誕生日、私があげた香水だ。 優しくされて、ぎゅっと胸が締め付けられるのは……きっとこんな嫌がらせが最近続いているからで。 「…ありがと」 ノアがうちに来てから7年ほど。それからずっと傍いるこの男に、改めてお礼を言うのが今だに恥ずかしい。 かぁ、と頬が染まるのを分かっていながら、目を見てそれを口にすると、ノアの色素の薄い瞳が真っ直ぐ私を見つめる。 「キスしていい?」 ……は? 至極真面目な顔で言ってくるノア。 一瞬言葉を失ったけど……こんなことを言ってくるのは、初めてではない。 「っだめに決まってるでしょ!」 「じゃぁ抱きしめるのは?」 「だめ!」 「手繋ぐのは?」 「ここ学校なんですけど?!」 「学校じゃなきゃいいのか」 「っそ、そういうことじゃなくて」 「じゃぁ、握手」 そう言って手を差し出してくるノアは、一体何を考えているのか、何年一緒にいても分からない。 まぁ握手なら…とその手に軽く触れると、すぐさまぎゅっと強く握られた。 「っ」 かと思えば、すくい上げるように私の手を口元に持っていき、ちゅ…と手の甲に口付けられる。 何か試されているような、色気のあるその瞳と目が合い、みるみるうちに顔が発火した。 〜っな、な、な… 「っキ、キスばだめって言った…!」 「今のはキスじゃねぇ。握手の一環だ」 「何言ってんの?!」 ボディーガードのくせに、いつもいつも、こいつに振り回されてばかりだ。
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