思い出はホタル通りで

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 ぼくは、おじいちゃんの家に来ていた。おじいちゃんが死んだと連絡があったから。 「いらっしゃい」  おじいちゃんの家に着くと、おばあちゃんが出迎えてくれた。  廊下の奥から、声が聞こえる。 「みんな、もう集まってきてるみたいだな」  ぼくが奥を気にしていると、それに気づいたお父さんは、足元にあったリュックを持ちながら言った。 「そっか……。お父さんは、あいさつするんでしょ。ぼくも、行ったほうがいいかな?」 「あぁ、そうだな。荷物を置いてから、いっしょに行こう」  ぼくが納得してつぶやくと、お父さんは返事をしながらぼくの頭をやさしくなでた。  ぼくは一人で、縁側にうずくまっていた。廊下のつきあたりにあるから、だれも来ない。  ぼくに色々な場所につれて行ってくれて、写真の撮り方を教えてくれた写真好きのおじいちゃん。自慢のおじいちゃんだ。 涙を止めようと、上を見た。縁側から見える空はとても青い。  「おじいちゃんも、もう空にいるのかな」  近くで物音がした。びっくりしてふり返ると、すぐうしろに小さな黄色い花が置かれていた。  廊下のほうを見ると、部屋の柱から顔を出している女の子がいた。  見たことがある。あいさつに行ったときに、廊下を走りまわっていた子たちの一人だ。  ぼくが女の子のほうを見ると、女の子はびっくりした顔をして、走っていってしまった。  なんだったんだろう?  ぼくに元気になってほしかったのかな。  縁側からみんなのいる部屋に行くと、なんだか少しさわがしい。 「どうしたの?」  ぼくがお母さんに近づくと、お母さんはすごくあわてていた。 「あっ、灯真!……花ちゃんのこと、見てない?」 「花ちゃん?」  お母さんの口から初めて聞く名前が出てきて、ぼくは混乱した。  親戚の女の子がいなくなったというのだ。  そういえば、あの子はどこだろう。  ぼくは話を聞きながら、花をくれた女の子のことを思い出した。 「ぼくも、さがしてくる!」 「え?ちょっと、まって!」  お母さんが呼び止めるのを聞かないで、ぼくは外に出ていた。  走っていると、どこからともなく、近づいてくる光が見えた。それは、ホタルだった。ぼくは、ホタルを追いかけた。  いつの間にかホタルはいなくなっていて、目の前にはあの女の子がいた。ぼくに黄色い花をくれた子……、花ちゃんだ。 あぜ道で、なにかをさがしているみたいだ。 「なにをさがしてるの?」 「えっ?」  声をかけると、花ちゃんは目を丸くして、ぼくを見た。 「お、お兄ちゃん……」 「さっき、黄色い花のお礼をしなかったから。……ありがとう。花ちゃんだよね」  ぼくの笑顔に安心したのか、花ちゃんも笑顔になっていた。 「うん、花っていうの!あの黄色い花はね、アカカタバミっていう花なんだって。いまは、アカツメクサっていうピンクの花をさがしてるの。お兄ちゃんにプレゼントしたくて」 「へぇ……」  感心しかけて、やめた。帰らないと。 「花ちゃん。みんなが花ちゃんのことを、さがしてるんだ。いっしょに帰ろう」  ぼくがいうと、花ちゃんはうつむいた。 「いやだ!……まだ、アカツメクサ、見つけてないよ」  花ちゃんは、いまにも泣きそうだ。  しかたない。 「ぼくも、さがすよ」 「……ありがとう!」  ぼくたちは、アカツメクサをさがしはじめた。お母さんに、聞いたことがある。アカツメクサの花言葉が、少女の思い出、だって。  花ちゃんにも、すてきな思い出をのこしてあげたいな。 「見つけた!」  明るい声が聞こえた。花ちゃんの声だ。 「あった?」  もう空が暗くて、花ちゃんのすがたは見えない。でも、声でわかる。少しだけ、ピンク色の花が見える。 「はい。お兄ちゃんにあげる!」  花ちゃんが渡してきたアカツメクサをもらって、ぼくは「うん、ありがとう」とうなずいた。 「まっくら、だね……」  まわりを見ると、本当にまっくらだ。  どうしようか?  悩んでいると、急にまわりが明るくなった。 「なに?」  花ちゃんはとてもびっくりしていたけど、ぼくは、すぐにわかった。おじいちゃんと、何度も見てきたから。 「ホタルだ」  たくさんのホタルが、まるで道を教えてくれているみたいに照らしている。 「じゃあ、ここはホタル通りだね!」  うれしそうに笑う花ちゃんと、手をつないだ。 「ホタル通り、か。……いいね」  ホタル通りは、ホタルの光でできた道。おじいちゃんも、この風景を撮っていたことを思い出した。  たしか、タイトルは……。  ホタル通り。  同じなんて、すごい。  でも、花ちゃんには、ひみつにしておこう。 「そういえば、お兄ちゃんの名前は、なんていうの?」  ホタル通りを歩きながら、花ちゃんが聞いてきた。 「ぼくの名前は、灯真(とうま)っていうんだ。ホタルの季節にうまれたからこの名前なんだって」  ぼくはおじいちゃんを思いながら、答える。 「花もね、見ると元気になれるから、この名前なんだって」  おじいちゃんはもういないけど、花ちゃんとまた、来年もここに行きたいな。  楽しそうに笑う花ちゃんを見て、ぼくも笑顔になる。  ここは、ぼくとおじいちゃん、そして、花ちゃんの思い出のホタル通り。  ぼくたちだけの、ひみつの道。
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