5月3日と追想

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 私は左手でスマートフォンを耳にあてながら、右手で太陽の光をつかんだ。拳から放射状にこぼれた日差しを受けてまぶたを閉じた。 「ちょうどよかった。なんか食べたいものある?」 「なんですか突然。言ったら奢ってくれるとでも?」 「おう。言えよ」 「本気で言ってます? 何千キロ離れてると思ってるんですか」  問いかけに対する電話口の返答は、来客を告げるインターホンの呼び出し音にかき消された。 「あ、誰か来たみたいなんでまた今度」  慌てて上体を起こし、通話を終了させ、玄関へと急ぐ。髪を手櫛で整えながら、扉を開けば。 「ひでえ寝癖」  半分呆れ顔で笑った彼が、そこにいた。私と同じく、通話が途切れたばかりのスマートフォンを手にしたままで。  驚く私をよそに、男の手が無礼にもわしゃわしゃと頭頂部を掻き回すので、それを避けようとするも半笑いの彼はそれを許さない。 「やめて、ぼさぼさになる」 「すでにぼさぼさだろうが。起きてから鏡見た? ていうか今さっき起きただろ。ぼさぼさのよれよれ。ひでえ格好」 「会って早々、失礼な口だ」 「お互いさまだ。わざわざ訪ねてきたんだから、もっと喜べよ」 「来るなら来るって教えといてください」 「言わなかったっけ?」 「訊いてない」 「おまえが忘れてるだけじゃねえの」 「自分が言い忘れてた可能性は微塵も考えないんですね。相変わらずですね」  嫌味たっぷりに言ってやっても、目の前の相手には何の効果もない。きっとぼさぼさどころではない惨状になってしまったであろう頭を解放した彼は、鼻で笑う代わりにいたずらっぽい表情を浮かべながら、今度は私の小鼻を摘んだ。  「っ、やめろ」 「『会いに来てくれてありがとう』は?」 「誰が、」 「『会えて嬉しい』は?」 「そんなこと、」  会って一秒でおもちゃにされている、彼のペースに完全に呑まれていることを自覚しながら、これ以上弄ばれてやるものかという思いで必死に距離をとろうと後ずさる。狭い玄関での攻防。  けれど、場所がどこであったとしても、いつだって彼のほうが一枚うわてなのだ。逃れる前に囚われる、正面からまっすぐに、かたい腕が私を強く抱き寄せた。 「俺は、会えて嬉しいよ。菜央」  普段はひやりと響く声は、耳許で囁かれるとひどく甘く響く。  天邪鬼で、掴みどころがなくて、飄々としているようでいて、肝心なところでまっすぐなひとだから、私は、そのひとをうまくかわすことができないのだ。
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