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ふたりで過ごす3日目。今日は連休の最終日だ。ゆっくり朝食をとって、そのあと彼の荷物をまとめて家を出た。
昨日散々お世話になった路面電車に乗って数分。電停を降りて数分歩くと、おおきな大学病院が見えてくる。消毒液の匂いが充満した院内はいつ来ても心がざわつく。もし容態に変化があればすぐに連絡が来るはずだけれど、連絡がないからと言って安心はできない。
病棟の端、小さな個室。引き戸に手をかけて開く直前、いつも、祈るように深呼吸をする。状況が悪化していませんように。あるいは、なにかひとつでも好転していますように。
扉をスライドさせると、そこには母と父の姿があった。
「ああ。菜央。来たのか」
おとうさんが私に気づいて微笑を作るけれど、目許の疲れが隠せていない。心労によるものなのか、加齢によるものなのかはわからないけれど、この一年ほどは会えばいつも疲れた顔をしている。
「それに、郁奈くんも。遠いところありがとう、連休で実家に帰ってたのかい?」
「いえ。菜央と、心季に、会いにきました」
「そうか。わざわざ。心季もきっとよろこぶよ」
彼は頷き、父の隣に立つ私の母にも「お久しぶりです」と礼儀正しく頭を下げた。母は嬉しそうに頬を緩ませた。
年相応に肌や手や髪から潤いが失われつつあるのに、母の表情はどこかみずみずしく、少女じみている。昔からそうだ。人並み以上に苦労を重ねてきたはずのひとなのに、夢見がちで天真爛漫。このひとはお婆さんになっても少女のように笑うのだろうと容易く想像できる。
「郁奈くん、会えて嬉しいわ。菜央とも、変わらず仲良くしてくれてるみたいで。いつまでこっちに?」
「今日の夜の飛行機で戻ります。明日から大学あるんで」
「そう。忙しいのね。あ、せっかく会えたんだし、今日うちでお昼ごはんでも、一緒にどう? ねえ、菜央」
ナイスアイデアとでも言いたげに瞳を明るく揺らしながら同意を求めてくる母に、私は苦笑いをせずにはいられなかった。母よりも断然私への思慮が働く父が「真名」と名前を呼んで、先走ってしまいそうな母をやんわりと制した。
「菜央と郁奈くん、せっかく久しぶりに会ってるんだから、俺たちがいるのは野暮だろう。菜央、そのうちまた家に遊びにきてくれよ。待ってるから」
「うん。ありがとう、おとうさん」
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