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後ろ髪引かれる様子の母の肩を抱き、なかば強引に連れ出す父に手を振って別れる。
両親がいなくなると、途端に静かになる。私と郁奈くんは無言のまま、ベッドにぴったりと寄り添った。
頭のうえのプレートには、百合岡心季と、見慣れた名前が掲げられている。
線が細くて、全体的に色素が薄くて、幸薄で、まさに「儚げな美少年」という表現がぴったりだった心季くんには、出来過ぎなくらいしっくりくる名前だ。
いま心季くんは眠っている。少なくとも私にはそう見えた。まっしろで清潔なベッドのなかで、眠るように目を閉じている。少しも自分の意思で動くことはない。寝言だって言わない。仮に頬を抓ってみたって鼻を塞いでみたって、口に大嫌いな食べ物を放り込んだって、私をその目に映してくれることはない。奇跡でも起こらない限りは。
郁奈くんが眠る心季くんに会うのはいつぶりだろうか。私は頻繁に会いに来ているけれど、普段は遠くに住む彼が、起きなくなってしまった心季くんと顔を合わせた機会は片手で足りるほどしかないはずだ。
彼は懐かしい親友の現実をあらためて目の当たりにして、ぐっと声を詰まらせた、気がした。
「……心季、ひさしぶり。聞こえてるか?」
「心季くん。郁奈くんが、会いに来てくれたよ」
私は布団の下に置かれた片手をそっと握った。いつも少し熱かった肌は、今となってはかろうじて生を感じる程度のぬるい温度になっている。
手を握っても、握り返されることだってない。反応がないならまだ、全力で拒絶されたほうがましだ。
長い眠りにつく前の心季くんは、私のことを全身で、全力で拒んでいた。父のために、母のために、そしておそらくは、私のために。
「綺麗な顔してるな」
「でしょう? ずっと眠りこけてるなんて思えない」
微動だにしない身体。微かな吐息とぬるい体温だけが、生きている証だった。
*
「僕、もうすぐ死ぬんだ」
打ち明けられたのは、高校二年生のとき。心季くんは高校三年生で、長くて鬱々とした梅雨がやっと明け、夏がはじまったばかりの頃。
「身体がね、長く生きられるように作られてないんだって。生きるのに向いてないみたい。あと1年、2年が限界かもって」
他の誰でもなく自分の肉体のことだから、医師に宣告される前からすでにわかっていたのかもしれない。すべてを受け容れたような、さっぱりした表情をしていた。
「だから。菜央、一生のお願い、聞いてくれる?」
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