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——キスもセックスもしたことないまま死ぬなんて、かわいそうだと思わない?
なんて、冗談にして微笑んだ。
私よりも年上のくせに、甘いお菓子をおねだりする小さな男の子みたいに。かつて遊んだおままごとの延長のような素振りで。
そうやって私たちは、してはいけないことをした。
ふたりだけの秘めごと。秘密の遊び。
秋か冬がくれば終わりにしなければいけないことを、春がくれば離れ離れになってしまうことを、知っていたから、夏のあいだじゅうずっと、誰にも見つからないように。
太陽の光からも、波の音からも、蝉の声からも、揺らめく陽炎からも、私たちを取り巻くすべてから隠れるようにひっそりと、それでいて、あつく。
*
「お母さんにね、あんまり来るなって言われてるんです。いい加減、兄離れしなさいって。兄だとか妹だとか、そんなの、自分たちの都合でしかないなのに」
私たちはそれぞれに心季くんに近況報告をして——もちろん相槌すら返ってはこないから、くず入れに放り投げるみたいに一方的に話すだけだ——しばらくして個室を出た。木々に囲まれた中庭を並んで歩く。特に宛てはないけれど。
「あのひとは、認められないんですよ。認めてしまったらきっと、私と心季くんへの罪悪感とかそういうものできっと、狂ってしまうから」
私と心季くんは幼馴染だった。私と心季くんは家が隣同士で、親同士の仲も良かった。
私にはお母さんしかいなくて、心季くんにはお父さんしかいなかった。
自分たちのお母さんとお父さんが恋仲であることを、私たちふたりとも、知っていた。
狭い町内では有名な話だったし、心季くんの実の母親が幼い彼を置いて家を出て行ったのは、私の母に最愛の夫を寝取られたからだという話が、噂の域を超え純然たる事実のように扱われていた。
だから、蕾のまま咲くことのないようにと、隠し、誤魔化し、抑え込み、何度も捨てようと試みた恋心は、私の心の内がわでしぶとく生き残るばかりか順調に育ち、結局どうしようもなくなってしまった。
何事もなく大人になれるのなら良かったのかもしれない。だって義理のきょうだいは結婚することだってできるのだ。成人して、親から離れて、誰も知らない土地でふたりきりで暮らすなんて選択肢があれば、違ったのかもしれない。
でも、心季くんには時間がなかったし、心優しい彼は、自分の幼い恋心よりも、息子に先立たれた後にたったひとり残される父親の未来がより幸福であるほうを選んだ。
父親に、長年別居状態であった実母との離婚と、隣の家に住む付き合いの長い恋人へのプロポーズを急かしていたらしい。
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